隙間読書 芥川龍之介『地獄変』

『地獄変』

著者:芥川龍之介

初出:大正8年(1919年)「傀儡師」新潮社

青空文庫

 

語り手の丁寧に、たんたんと事件を語っていく口調に、語り手は女ではなかろうか?と思いもしたが、猿が水干(すいかん)の袖にかじりついて…とあるから、やはり男、公家の男なのだろう。読んでいて心地よい語り口である。

この語り手は黒子に徹してあまりに多くの感情をみせない。娘を憐れむ気持ち、絵師良秀の執着ぶりを怖ろしいと思う気持ちが感じられる程度である。

諸悪の根源、大殿についても反感は感じられない。まず冒頭でこう語る。

「堀川の大殿様のやうな方、これまでは固より、後の世には恐らく二人とはいらつしやいますまい。噂に聞きますと、あの方の御誕生になる前には、大威徳明王の御姿が御母君の夢枕にお立ちになったとか申す事でございますが、兎に角御生まれつきから、並々の人間とは御違ひになつてゐたやうでございます。でございますから、あの方の為さいました事には、一つとして私どもの意表に出てゐないものはございません。」

絵師の娘を乗せた車に火を放ち、その有様を眺めて喜びにひたる大殿の所業も「並々の人間とは御違いになつていゐたやう」ということであり、非難も、反感もその口調にはない。

だが非難はなくても、娘のところに忍び寄ったところを発見されて慌てて廊下を走っていく足音(大殿とは書いていないけど)や娘を乗せた車に火をつけて絵師の反応を眺めて楽しむ場面は醜悪なものとして心に残る。大殿は、サド以上にサドではなかろうか。

サドの登場人物は悪人として書かれていても、天文学に燃えていたり、世間の常識を論破しようとしたり、魅力あふれる悪人である。だが地獄変の大殿も、絵師も、何の魅力もない。それどころか、読んだあとで嫌になる人物である。

なんで芥川はこんなに嫌な悪人を書いたのか、サドは魅力あふれる悪人を書いたのか…分からない。

 

地獄変の絵師良秀は画を書こうとするあまり、屍を描写したり、怪鳥に弟子を襲わせたり、車に火をつけて焼け死ぬ女を見たいと望んだり。この絵に執着する様子はドグラマグラの絵師、呉青秀を思わせるけど。夢野久作は、地獄変を参考にしたのだろうか。名前も最後に「秀」がついているしなあ…そのうち呉青秀と比べてみようと脱線読書へと踏み出してしまう。

 

読了日:2017年8月4日

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