隙間読書 2018.08 梶井基次郎「Kの昇天ー或はKの溺死」

文豪ノ怪談 ジュニア・セレクション「影」収録


梶井基次郎が25歳のときに同人誌「青空」20号に発表した作品。梶井はその頃すでに胸を患い、それから6年後に亡くなっている。


K君の溺死の原因について過失なのか、自殺なのか悩む「あなた」に「私」があてた書簡体小説。

K君の死の謎を解く一つの鍵であるかも知れないと思うからです。

…という「私」の言葉にあるように、この書簡体小説はk君の死の謎に思いもめぐらす。そういう点ではミステリともいえるのだろうか? あるいはK君が梶井自身だとすれば、私小説の変形ともいえるのだろうか?


読み手によって、どう受けとめるのかという幅が非常に広い作品でもある。

東氏の註には以下のように記されている。

本篇をアンソロジー『幻妖』(1972)に採録した澁澤龍彦は解説中で次のように記している。「私は昔から、このドイツ・ロマン派風の快活な、死を描いて快活な、「Kの昇天」という短編を好んできた」

一方、フランス文学者の柏倉康夫氏の評によれば、本篇は「透明感をそなえた悲愴な作品」とのこと。

「私」が思い描くk君の最後の場面を読んで「快活な」と思う読者もいるかもしれないし、「悲愴な」とも思う読者もいるかもしれない。文豪ノ怪談ジュニア・セレクション「影」の冒頭に、美しいけれど、読み手によって感じ方にこれだけ幅のある作品がくるのも、やはり「影」の文学らしい。

K君は病と共に精神が鋭く尖り、その夜は影が本当に「見えるもの」になったのだと思われます。肩が現われ、頸が顕われ、微かな眩暈の如きものを覚えると共に、「気配」のなかからついに頭が見えはじめ、そして或る瞬間が過ぎて、K君の魂は月光の流れに逆らいながら徐々に月の方へ登ってゆきます。K君の身体はだんだん意識の支配を失い、無意識な歩みは一歩一歩海へ近づいて行くのです。影の方の彼はついに一個の人格を持ちました。K君の魂はなお高く昇天してゆきます。そしてその形骸は影の彼に導かれつつ、機械人形のように海へ歩み入ったのではないでしょうか。


以降の「影」に収録されている作品を楽しみにしつつ頁を閉じる。

2018/08/05読了

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