2019.03 隙間読書 小泉八雲著・平井呈一訳「日本瞥見記・上」

ハーンは、ニューヨークの書店ハーパー社の「ハーパー・マンスリー」という雑誌に仏領西インドの滞在記を寄稿。その記事が好評だったこと、ハーンがかつてより日本に行きたがっていたことから、ハーンを記者として派遣。その結果、うまれたのが「日本瞥見記」だそうである(平井呈一の解説による)

西インド諸島に滞在した直後の訪日のためだろうが、ハーンが日本の風景にマルティニーク島と相通じるものを感じとっていたことにまず驚く。たとえば出雲の風景にも、ハーンはマルティニークを思いだす。まさか出雲とマルティニークがつながっていたとは、思いもよらなかった。

旅をつづけて行くにつれて、一日一日、田野のけしきが、だんだん美しくなって行く。それは火山国だけに見られる幻怪奇峭な独特の風景である。かりに、このへんの昼なお暗い松と杉の森林と、遠く薄霞んだ夢のような空と、柔らかな日の光の白さとがなかったら、身はふたたび西インドにあって、ドミニカ島や、マルチニーク島の翠巒(すいらん)の九十九(つづら)折を、自分はいま登っているのではないかと、旅の途みち、ふとそんな気のする時がちょいちょいあった。じじつ、地平線のかなたにシュロの木や綿の木のかげを探し求めることさえ、わたくしはしばしばあった。(小泉八雲著・平井呈一訳「日本瞥見記・盆おどり」174頁)

美保の関の水夫たちにも、ハーンは西インド諸島のクリオールの水夫を重ねてこう描く。美保の関の水夫にクリオールの水夫を重ねて見ていたとは……とやはり驚く。またハーンの西インド諸島での日々は、日本を受け入れる大事な基盤を築いた日々だったのだとも思う。

その惻々とした哀調は、わたくしをして、西インドの海で聞いた、スペイン系のクリオル人の古風な調べを思いおこさせる。

アラ ホーノ サノサ

イヤ ホー エンヤ!

      ギ―

      ギー
    (小泉八雲著・平井呈一訳「日本瞥見記・美保の関」316頁)

来日一日目から、そしてその後もしばしばハーンの心をとらえたのは、街中のいたるところで見かける文字が発する不思議な魅力。この印象がのちの「 耳なし芳一」 に結晶していくのだろうか。

やがて、ごろりと横になって、眠りにつく。そうしたら夢を見た。---なんでも、白と黒の数知れぬ奇々怪々な漢字が、看板に書いてあったのも、障子に書いてあったのも、わらじをはいた男の背中に書いてあったのも、みな、それがひとつ方面にむかって、自分のそばをひゅうひゅう飛んで行く夢だ。しかも、どうやらその文字が、ひとつひとつ自覚した生命をもっているふうで、ちょうど節虫のような虫がムズムズ気味わるく動くように、画だの棒だのの部分を、むずりむずりと動かしているのだ。
(小泉八雲著・平井呈一訳「日本瞥見記・極東第一日」52頁)

平井呈一の訳文は、風景描写のところだと江戸っ子の平井が少し飽き飽きしながら訳しているような気もするのだが、それが怖い話のところさしかかると俄然ノリノリで訳しているように思えてくる。

なんにしても、加賀へはぜひ行かなければならない。あすこには、大きな岩屋の中に、有名な石地蔵があって、毎夜、小さな子どもの幽霊たちが高い岩屋にのぼって、その石地蔵のまえに小石を積むのだといわれている。なんでも、朝になると、柔らかな砂浜に、新しい小さな足あとがーーー子供の幽霊たちの足あとが印されているそうである。だから、参詣者は、子どものはく小さな草履を持って行って、子どもの幽霊たちがとがった岩に足を痛めないようにと、岩屋の前にそれをおいてくる。そして、参詣者は、積まれた小石を崩さないように気をつけて、抜き足さし足で歩く。小石が崩されると、子どもの幽霊たちが泣くからだ。
(小泉八雲著・平井呈一訳「日本瞥見記・神々の国の首都」221頁)

怪談の箇所を読んでいると、平井 呈一 がハーンと一体化しているかのように思えてくるのはなぜだろうか? ハーンの怪談を愛する心は、平井 呈一 の大切な文学の指針でもあり、生き方の大切な指針そのものだったからではないだろうか?

ハーンが描く日本はよく知っている母国の風景なのに、実は何も知らなかったことを思い知らされながらも、ハーンの目で日本の風景を追いかけて感動してしまう。例えば、心中したふたりの弔い方にしても、ハーンとともに人々のやさしさ、こまやかさに感じ入ってしまう。

心中という言葉そのものはよく知っていながら、私たちの知識は心中にいたる場面までである。そのあと、ふたりを憐れんだ人々がどう葬るかは知らない。心中したふたりを葬る時の人々の思いをくみとるハーンに驚きつつ、実は知らない日本の風景を思う。

この念願がかなえられたばあいの葬式は、まことに美しい、哀れ深いものがある。双方の家から、それぞれ二つの葬式が出て、それが提灯のあかりをたよりに、寺の境内で落ち合うのである。本堂で読経と、型のごときおごそかな式があったのち、住職がふたりの霊にむかって、引導を渡す。人間のあやまちと罪業について、住職は同情をもって説教をし、犠牲となった年若いこのふたりは、春一番に咲いて散った花のごとく、命短く、かつ美しかったと語る。ふたりをそこまで追いやった迷い―――住職はそのことについても語って、仏陀の誡 めの経を誦する。また時には、住職は、聴く者を思わずほろりとさせるような、つくろわぬ辯舌のうちに、大衆の心持を代弁しながら、恋人同士は来世においてかならずいっしょになり、さらにしあわせな、位の高い生涯を送るだろうといって矛盾することもある。やがて、二つの葬列は一つとなって、かねて墓穴の用意してある寺の墓地へと行く。二つの棺はいっしょに下されて、墓穴の底に、棺の横板をぴったり合わして据えられる。それから「山の者」たちが、仕切りの横板を引き抜いて、二つの棺を一つにする。そうして、一つの棺に結ばれた亡骸の上に、土を盛りかけるのである。のちに、ふたりの不運な生涯を文字に刻み、おそらく和歌の一首も添えた石塔が、一つになった遺骸の上に建てられるというわけだ。
(小泉八雲著・平井呈一訳「日本瞥見記・心中」379頁)

平井 呈一 訳ハーン全集はハーンを知る大切な書であると同時に、こつこつ訳した平井の思い、失われた日本の風景を知る貴重な書である。それなのになかなか入手し難い現状を惜しみつつ頁をとじる。(2019.3.10読了)


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