普通の経済活動が道徳的にも正しいと、誤解されることがしばしばある。頭に入れておくべきことは、道徳と関わる状況の場合のみ、経済活動が倫理的視点から判断されるということである。この世の事実について、あるべき理想の姿で考えるのではない。ありのままの姿で考え、視野にはいってくる状況でとらえてみるといい。今まで考えるのを止めようとしていた多くの経済活動が、「普通」になってくる。たとえば、大都市における最底辺の貧しい人たちは通常の場合、活力に欠けていて、健康的な生活をあたえてくれる機会を利用しようとはしない。また、むさくるしくない暮らしができる機会をとらえようともしない。肉体的、精神的、道徳的強さがみじめな環境から働いてぬけだすために求められるのだが、そうした人々にはその強さがない。低い賃金でマッチ箱をつくる労働がたくさん存在するということは普通であり、ストリキニーネをとりすぎると結果として足がねじれるということと同じくらいに普通なのである。これは傾向の法則から生じる結果であり、悲しい結果ではあるが、その傾向の法則を研究しなければいけないのである。ここに、経済学が他の科学と共有することが少ない特質がある。すなわち、人間の努力によってデータが形をかえるという特質である。道徳的であり、あるいは実際的な考えを示すことで、経済学は特質を変えていき、特質の法則が作用する結果も変えていく。たとえば経済学とは、マッチ箱をつくる仕事をするだけの人々に、その仕事のかわりとなるような現実的な手段を示すかもしれない。それは生理学が早く成熟するように牛の性質を変える手段をしめし、狭い牛舎でたくさんの肉を生産するようになることと同じなのである。そして信用や価格の揺れについての法則も、予報のなかでも勢いをつけているものによって変えられていくのである。(1.Ⅲ.19)
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