サキ「耐えがたきバシントン」Ⅵ章 60回

煙草入れが空になってしまったコーマスは、煙草がきれて、一時的に途方にくれている状態について、いきなり文句を言いはじめた。そこでヨールは自分の煙草入れから、最後に残っている煙草をとりだすと、それを半分に折った。

「友情がふかまることはないだろうが」彼は言いながら、疑わしそうにしつつも充たされた様子のコーマスに煙草を半分あたえ、もう半分は自分で火をつけた。

「玄関ホールにいけばたくさんあるわ」エレーヌはいった。

「ツゥールの聖マルティヌスにならっただけだ」ヨールはいった。「急ぐときに一服するのは嫌だからね。では失礼」

出発しようとしている奴隷船の奴隷は陽の光のなかへと歩み出たが、その様子は明るく、自信に満ち溢れていた。数分後エレーヌは、ロードデンドロンの茂みを通り過ぎていく彼の白い車を、一瞬だがとらえた。彼は最高のかたちで求婚をしたのだ。最初に離れ、しかも戦場へと、あるいは戦場の様を帯びている場へと出かけたからだ。

どうしたものか永遠の若さからなるエレーヌの庭は、想像力に照らしてみても、もうぼんやりしたものになっていた。庭を歩く娘の姿はまだはっきりとしていたし、変わってもいなかったが、彼女の連れの方はぼんやりと霞んでしまい、まるで他の絵に重ねられた絵のようであった。

ヨールは町の方へと急ぎながらも、自分に満足していた。明日になれば、と彼は考えた。エレーヌは朝刊で自分の演説を読むだろう。それが満更でもない効果を生じるだろうと、彼は知っていた。笑いや賞賛のどこで区切れをいれたら、人々が湧くのかということを、彼は心得ていた。対峙している冷静な首相にむかって、からかいや論争を投げかけるとき、国会の手先たくみな記者たちが、どのようにして書き留めるのかということも、心得ていた。そして意中の女性がどう判断するだろうかということも、心得ていた。自分自身やその世界について、彼がからかいながら怠惰に、庭で午後を過ごしたとしても。

さらに彼が笑いながら考えたのは、これから数日、彼女が紅茶を飲んで、なじみのない皿にのったバターつきパンを見るたびに、コーマスのことをまざまざと思い出すだろうということだった。

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