エレーヌがすすんでいくと、道に立っている一人の男に気がついたが、その男は彼女のために門を開けようとしていた。
「ありがとうございます。サーカスの動物をよけようとしているところなのよ」彼女は説明した。「私の雌馬は自動車やら牽引機関車やらには寛大だけれど、ラクダの鳴き声には用心したほうがいいから」彼女が言葉をとぎらしたのは、男が昔の知り合いだとわかったからだ。「どこかの農家で部屋を借りて暮らしていると聞いていたけど。こんなところでお会いするなんて思いもよらなかったわ」
幼い娘だった頃、といってもそう遠い昔ではないが、トム・ケリウェイは畏敬と羨望の念で見られている人物だった。移動のおおい彼の職業は華々しいものであり、多くの英国人青年の想像力をかきたて、同じようなことをしたいという物欲しげな願望に火をつけた。それは人々が、暖炉に火がたかれた冬の夜、暗い部屋で興じられるゲームについて憧れ、お気に入りの冒険の本について夢みる様子にも似ていた。ウィーンを司令本部に、しかも自分の家のようにして、ニールから中東まで一覧にあげた地をゆっくりと、丹念にさすらう様は、動物の調教師がパリを探索するかのようだった。