サキの長編小説 「耐えがたきバシントン」 Ⅻ章 128回

 扉がしまると、フランチェスカ・バシントンはこよなく愛する居間にただ一人残された。アフタヌーン・ティー用の小卓で、歓待をうけて楽しんでいた訪問客が帰ったところだった。さしむかいでの話は、フランチェスカの立場にすれば、とにかく楽しいものではなかった。だが少なくとも、それは彼女が探し求めていた情報をもたらしてくれた。臨機応変に距離をとる見物者としての役をはたしているので、とても重要な求婚の進み具合についても、彼女は知らないままでいた。だが、この数時間のあいだに、彼女は僅かな、でも重要な証拠から、満足できそうな期待を捨てて、なにか悪いことが起きたのだと確信した。前の晩、彼女は兄の家ですごした。当然のことながら、コーマスの姿を、彼の好みに合わない場所で見かけることはなかった。翌朝、朝食の席にも彼は出廷してこなかった。彼に会ったのは玄関で、十一時頃のことだった。彼は急いで追いこし、その夜は夕食まで戻らないとだけ告げた。彼はふさぎこんだ調子で話し、その顔には敗北の表情がうかび、抵抗するかのような雰囲気にかすかにおおわれていた。敗れようとしている男の抵抗ではなく、もう敗れてしまった男の抵抗だった。

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