文楽・歌舞伎では観客が笑う場面も違う!
見比べる前までは文楽も、歌舞伎も同じ古典芸能かと思っていたけれど、観客が笑う場面も違うことを発見。
例えば文楽「夏祭浪花鑑」では、「ぴんしやん」という言葉が二回でてくるけれど、その度に観客から笑いがおきる。はっきりとは意味がわからないながら、「ぴんしやん」なんて響きからして滑稽だから面白味のある表現なのだろうと何となく私も笑っていたけれど。
文楽で「ぴんしゃん」がでてくる場面はまず住吉鳥居前の段。
佐賀衛門が琴浦の手を無理やりとる場面
琴浦「エエ嫌らしい聞きとむない。コレここをマア放しやんせ」
佐賀衛門「ぴんしやんしても大鳥が、掴んだからはもう放さぬ」
観ている方としては、この悪男が「ぴんしやん」されるという場面に思わず失笑してしまう…のでしょうか。
それから次に「ぴんしやん」がでてくるのは釣船三婦内(つりふねさぶうち)の段。
浮気がばれた磯之丞が琴浦と険悪なムードになりながら祭見物をしている場面。
「見世を揚屋の祭見に、口説しかけて拗ね合うて、ほむらの煙管打ち叩き、煙比べのぴんしやんは、火皿も湯になるばかりなり」
この「ぴんしやん」はよく意味が分からないのですが、なんとなく二人の険悪な場面がうかんで笑っていました。
歌舞伎でも「ぴんしやん」は出てくるのですが、誰も笑わない…なぜ?
歌舞伎で笑いがおきるのは滑稽な動作のとき。文楽にはありませんでしたが、牢から出てきた団七に三婦が着がえをもってきた場面。ふんどしを忘れたのに気がついた三婦が、自分のはおろしたてだからと、ふんどしをぬいで渡しますが。ふんどしの匂いをかいだり、うまくぬげなくて痛そうにする仕草に、歌舞伎のお客さんは楽しそうに笑っていました。
義平次が団七に殺される直前の場面でも、歌舞伎では笑いが。団七をなぶるあまり、義平次が尻を団七の前につきだし、団七が「おお臭い」というように鼻をつまむ場面。歌舞伎では、ここで笑いがおきていました。
でも、本来、ここは義平次のなぶりがエスカレートして、義平次、団七ともに狂気にかられる場面。「おお臭い」で笑いがおきたら、床本の味わいがなくなるような気がしますが。
太夫さんの語りが大きい文楽、役者さんの人気に頼る歌舞伎では、笑いの場もちがうのだなと文楽ビギナーは発見した次第。まだまだビギナーの発見は尽きませぬ、残りは後日。