「ジェゼベルの死」
作者:クリスチアナ・ブランド
訳者:恩地三保子
早川書房
初出:1949年
目の色、マントの色、騎士に扮した男たちの位置…ミステリ不向きな私にはついていけない複雑なトリック、もう一度メモしながら再読しなくては…。それでも楽しめるところの多い作品である。
第二次大戦直後、だれもが以前の姿を失いつつある英国社会の姿をとらえ、小説のなかに効果的にちりばめている。たとえば、かつては立派だった旦那が、今や鳥のロースターの販売宣伝員となり、鳥の丸焼きを実演している姿。それは滑稽でもあり、哀しい。深く心に残る姿である。
また怖さをだんだん高めていくブランド語り口はすばらしい。たとえばアールのカモメのシャワーカーテンも、だんだん怖さを高めていく小道具である。
以下はカモメのシャワーシャーテンが出てくる最初の場面である。ふつうの浴室の描写のように見えながら、「赤い脚をしたカモメが一面にプリントアウト」「カモメを逆にすると、戦闘機が赤い炎を噴いている」「さかさにかけてあった」と、ふつうの風景がだんだん不気味に思えてくる。
その部屋を、彼ははでな青ペンキで塗りたくり、たった二、三ギニーしかはらっていない家具を、本物のチペンデールだと思い込むことにしていた。浴室のカーテンはオイル・シルクで、赤い脚をしたカモメが一面にプリントされている。そのカモメを逆にすると、戦闘機が赤い炎を噴いているように見えるというわけで、オイル・シルクのカーテンはわざわざさかさにかけてあった。(47頁)
パーペチュアが、失踪したアールの部屋を警部といっしょに訪れる場面。パーペチュアは、浴室のカーテンがなくなっているのに気がつく。
「ええ、すきとおったオイル・シルクので、赤い脚のカモメがついてるんです。アールは、それがスピットファイアーみたいだって一人で決めこんでて、さかさに下げてましたわ。でも、なんであんなもの持ってったのかしら? それに、第一どこへ行ったっていうんでしょう?」(168頁)
浴室のカーテンの描写がまた丁寧に繰り返され、もしかしたら…という不安感は嫌でも高まっていく。
パーペチュアのもとに帽子の箱が届く。箱をあけると、その中からアールの浴室のカーテンがでてくる。
パーペチュアは、のろのろと、ほとんど無意識に手をのばす―アールのことだけを考えながら、ただ手だけを機械的に動かして。箱の蓋をとり、ぼんやり中に目をやる。ちり紙がつめてある。そしてその下にー薄いすきとおった、戦闘機の模様をちらしたーそれとも逆だちしたカモメ模様かしら?-アールの浴室のカーテン! 彼女は呆然と目をすえる。(189頁)
浴室のカーテンでくるんだものをひらくと、そこには…ああ怖い。怖さを小出しにしながら、もしかしたらと想像させて怖さをあおるブランド、うまいなあと思う
他にも心に残ることやら疑問が多々。以下ネタバレあり。
・イギリスのやや真ん中より上にいる中流階級が、第二次世界大戦中、マレーヤやスマトラなど海外で戦争を体験し、日本軍の非人道的行動のせいで没落、心を病んでいる場面や人物設定、再読するときに意識して読みたい。
・ブライアンの人物があまり思い浮かばない。外国風のアクセントを「でじた」と訳す必要はないのでは?「でじた」と話す男に女性が心をうばわれていく…というのは想像できない。
・イゼベルが後ろから首をしめられて殺されたとき、叫び声はあげなかったのだろうか?
・鎧のなかの青い目の真相…これも怖いですが、でも生命のない目だと分からないものでしょうか? 血もでるだろうし。
・この鎧はどういうものなのか? どこかに背中にファスナーがついているような描写があったので柔らかそうな印象をうけたが、でも空の状態で馬にのせるからには固いのだろうか?
疑問は多々あれど、日比谷海外ミステリ読書会「ジェゼベルの死」は12月10日。まだ時間があるからゆっくり何度も繰り返して読むことにしよう。ブランドの他の作品も読んでみたい。
読了日:2017年10月4日