丸山健二『千日の瑠璃 終結4』より十月十八日「私はルアーだ」を読む
十月八日は「私はルアーだ」で始まる。まほろ町に駆け落ちしてきた青年が悪事に手を染め、その代わり豊かになって、うたかた湖で釣りを楽しむひとときが描かれている。
以下引用文。この何も考えていないように思われる青年の、なんとも頼りない無軌道さ。釣りに不安、遣る瀬無さを紛らわす姿。そうした心がルアーさながらまやかしの派手な色となって、眼前に漂って見えてきそうな気がする。
竿がぐっとしなって
私がびゅっと飛び出して行くたびに
彼の未来は
さほどの根拠もなく
湖面のように輝く。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結4』331ページ)
裕福の味の片鱗を知った彼は
タバコ銭にも困っていた
ちょっと前の自分を
私の先に引っかけて湖底へ沈め、
それと同じようにして
駆け落ちを決意した際の情熱やら
貧苦に耐える力やら
異郷で暮らす侘しさやらを
山上湖のあちこちに投げ捨てる。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結4』333ページ)