作者:宮沢賢治
文豪山怪奇譚収録
山のなかで「わたし」が体験する幻視、そして覚醒をえがいている。
最初は眠さにおそわれて…。
寒さとねむさ
もう月はただの砕けた貝ぼたんだ
さあ、ねむらうねむらう
…めさめることもあらうし
こうして「わたし」はだんだん幻想のなかに入っていく。
…半分冷えれば半分からだがみいらになる
…半分冷えれば半分からだがみいらになる
…半分冷えれば半分からだがみいらになる
この不思議な、切ない響きの言葉の繰り返しは、幻視の世界への呪文のよう…「わたし」の幻視がはじまっていく。
現実の世界へと「わたし」を戻すのは音。「声が山谷にこだまして」や「鳥がしきりに啼いてゐる」という音に現実に戻っていく。
うとうとしているうちに体がひえ、最後、物音で正気にかえる…とは、まるで山で実際に不思議な体験をしてきたよう…。
最後の編者東雅夫氏の解説によれば「宮沢賢治もまた、大の山好き、おばけ好きにして、実際におばけを視る人でもあった」ということで、大昔にあった寺の読経が聞こえてくる早池峰山で不思議な僧に会ったときの体験談が紹介されていた。
「…半分冷えれば半分みいらになる」と私もつぶやいてみたくなる作品。
読了日:2018年5月9日