池田信雄訳
世界幻想文学大全 幻想小説神髄収録
長編「ジーペンケース」(1796年)の中の一挿話。
本挿話は、神不在の夢をみた「わたし」の悪夢、その夢から目覚めた喜びを描いている。
悪夢で死者がさすらう教会の様子、死者の様子が何とも怖く、不気味である。仔細な描写に読んでいる方も悪夢にうなされてしまいそうである。
だが、生きた人間が入ってきたために、死者は目を覚まし、もう微笑みもしなかった。彼はつらそうに重たい両の瞼を引っぱり開けたが、しかしその中には眼がなかった。そしてこの死者の鼓動する胸には心臓のあるべきところにひとつの傷があった。彼は両手を持ちあげて、祈りの形に組み合わせた。しかし、両腕がつと伸びて身体を離れたかと思うと、その両手は組み合わされたままずい分遠くの方に落ちた。教会の丸天井の天辺には「永遠」の時計の文字盤が取りつけられていたが、そこには数字は記されておらず、その文字盤自体がその時計の指針になっていた。ただ一本の黒い指がその文字盤を指し示しており、死者たちはその盤面から「時間」を読みとろうとするのだった。
と、その時、過ぎ去ることのない苦痛を湛えた、すらりとした気高い姿の人がこの祭壇に天降った。すると死者たちはいっせいに声を張り上げて言った。『キリストよ!神はいまさぬのでしょうか?」
その人は答えた。「神はいない」
ジョン・パウルは当時、女性に感情移入した作品を書いたということで女性から人気を博し、フランスのロマン主義に影響を及ぼしていったらしい。だが今日では、どちらかと言えば忘れられた作家である。そうした作品を巻頭にのせ、読者に「読んでみたい」と思わせる…それもアンソロジーの醍醐味なのかもしれない。
読了日:2018年6月22日