さりはま書房徒然日誌2023年7月13日(木)旧暦5月26日

松下竜一「ルイズ 父に貰いし名は」読了、大杉栄「獄中書簡」を読む

大杉栄の四女ルイズに取材した「ルイズ 父に貰いし名は」を読了。

大杉栄・伊藤野枝の娘だから……と言われつづけた辛い人生に静かに耐え、大杉・伊藤の娘ではなく「ルイズ」として生きようとした強さに心打たれる。

それにしてもなんと辛い人生であったことか……。

学校でも「同じクラスにしたくない」など差別の目に常に晒され……。

好きな青年との結婚を諦め……。

それでもいいと求婚した別の男とは、相手の親に許してもらえないまま結婚……。

満州に渡るときも常に尾行がついて監視され……。

東邦電力に就職するも上司は同僚に「大杉栄の娘だから親しくしないように」と忠告……。

労働運動をしていた夫が解雇されると「大杉の娘と結婚したから」と言われ……。

ルイズが40歳くらいの頃、中卒の勤労青年たちに勉強を教えていたことから、公民館運営委員に推薦される。でも、「親の思想が悪いので」と自治会長、小中学校校長、地域婦人会会長、PTA会長からなる審議委員会は大杉栄・伊藤野枝を理由に拒否……。

大杉たちの同士からはアナキストの娘にふさわしい人生をと望まれ……。

ルイズばかりでなく、他の子供たちも大杉栄・伊藤野枝の娘である辛さを背負った人生である。

大杉栄の残したシンボル的存在であった長女•魔子も、その期待に押しつぶされていったようにも本書からは思える。

魔子が残した言葉

「私たち、大杉の娘として生まれて、損なことばかりだったわね」

でもルイズには親の記憶がないのに、社会を見るその目には、やはり大杉栄・伊藤野枝の血が確実に流れていると思った。

中国では、中国人や朝鮮人を人間扱いしない日本人が嫌になり……。

「日本人の子供までが中国人や朝鮮人の大人をなぶって当然としている」

博打好きの夫を責めることなく心のゆとり、家庭の明るさを大切にするおおらかさ。また夫の借金返済の内職の合間に、ルソー「エミール」を5ページ、お金をかき集め「大杉栄全集」を購入して少しずつ読み……。

私生児だから父の名前がないのはともかく、長女、二女という数字のところにまで黒線を入れられた戸籍簿に「国家の厳たる秩序を目的とする法律の意思」を見て、「大杉たちが否定した法律というものを、もっとよく知りたい」と「憲法の構成原理」という本を書写し……。

普通高校をでて勤めている娘が夜間高校に入りたいと

「夜間高校の方に本当の教育がある気がする」言ってきたときも

娘の言葉を信じ応援し……。

晩年、ルイズは朝鮮人被爆者の救援運動の中心となるが、権力を相手に戦うことの厳しさ、怖さを思い知らされ……。

そんなルイズの困難だらけの人生を思いつつ、ルイズやその子にまで受け継がれる大杉栄・伊藤野枝の確固たる信念を感じた。

ルイズが「不屈の意志」「余裕を喪わない優しさ」を感じたという大杉栄全集、獄中からの幸徳秋水宛書簡を引用する。

政治寄りではなく、文学や詩に心が寄り添っているアナーキスト大杉栄の感性を感じる文である。他の書簡も、向学心に燃え、家族や周囲への気遣いにあふれている。

同時になぜ彼がなぶり殺しにされなければらなかったのか?そういうことをする国家という組織の恐ろしさを思う。

「バクウニン、クロポトキン、ルクリュス、マラテスタ、其他どのアナキストでも、先ず巻頭には天文を述べている。次に動植物を説いている。そして最後に人生社会のことを論じている。やがて読書にあきる。顔を上げて、空をながめる。先づ目に入るものは日月星辰、雲のゆきき、桐の青葉、雀、鳶、烏、更に下って向ふの監舎の屋根」

(幸徳秋水宛の獄中書簡明治40年9月16日)

下記リンクは青空文庫の大杉栄「獄中書簡」

https://www.aozora.gr.jp/cards/000169/files/4962_15425.html

丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」を読む

山吹岳から雪崩と共に流されてきた二つの遺体のエピソードを読む。

山里の春の訪れを美しく描いた後だけに、それぞれ別の家庭がある男女の遺体の哀れさも、家族の思いの醜悪さも目立ち、人間であることの醜さを思ってしまう。

水ぬるむ徒然川の両岸に

もの思う花々が眼路の限り咲き乱れ

結局は短命に終わるしかない幻想の幸福感を巡って

春の鳥が頻繁に色鮮やかな姿を見せるようになり

おつに澄ましている

母親に生き写しの顔の娘が

野の草を踏みしだいているうちに旅心をそそられ

(丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」中巻93頁)

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