サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅹ章 110回

コーマスは母親の肖像画をながめながら立っていたが、その胸中には、なじみのない環境で、かつては親しくしていたけれど、なかば忘れかけた人に遭遇したような思いがあふれていた。肖像画が優れた作品であることはあきらかだったが、画家がとらえたフランチェスカの目の表情は人々が目にしたことのないようなものだった。その表情は束の間ながら、金の苦労や社交上のつきあいなど、人生の気苦労や騒ぎに心をうばわれることを忘れた女のものであり、なかばものほしげで、親しみをこめた表情を同情的な仲間にむけて過ごす女の表情であった。コーマスが思い出す母の目にうかぶその表情とは、二、三年前のことだが、突然うかんでは、いつのまにか消えていくものであり、彼女の世界がこうした会議室でのやりとりになる以前のものだった。ほぼ再発見にちかいかたちで思い出したのだが、彼女は少年の心には「少しはましなひと」ということで異彩をはなっていた。いたずらをしても骨をおって叱責するより、笑うことのできる部分を見つけようとするからだった。親しかった仲間とのあいだにかつてあった感情が撲滅したのは、大半が自分のせいだということもわかっていた。そしてかつての親しさが、まだ物事の水面下にはあり、もし自分が望めば再びあらわれるだろうということもわかっていた。だが近頃では、敵よりも友達の方が彼にたいしてケチになっていた。

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