サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅹ章111回

長らく親しくしてきた者が悩ましげな様子をしている絵をながめるうちに、コーマスが心にきめたことがあった。それは自分の望みとは状況を昔に戻すことであり、画家がとらえた母の顔の表情で、つかの間の軽快なうごきが永久のものとして描かれている表情を、もう一度見たいということであった。今くわだてているエレーヌとの結婚が実現すればと、彼は自分の行動の不始末にもかかわらず、その企みを確かなものだとみなしていたので、母親と自分のあいだに生じている仲違いの原因の大半は消え去るだろうと考えていた。とにかく容易に消し去ることのできるものだと考えていた。みずからの背後にエレーヌの金の力があるなら、難なく何らかの仕事をみつけ、浪費家とか怠け者だという非難をぬぐい去ることができるだろう。職業はたくさんあると彼は自分に言い聞かせた。財政的な背景があって縁者にめぐまれている男には、職業はひらかれているのだ。これから待ち受けているのは心躍る時であり、しみったれた唇のうすいヘンリー・グリーチやコーマスのことを非難する他の連中の不快な表情が視界から消え、言葉も耳に入らなくなるだろう。このようにして、細部まで調べるかのように絵を鑑賞しながらも、実は物言いたげで、親しみのこもった微笑みだけをながめ、コーマスはすでに闘いがはじまり、しかも負けてしまった争いのために用意万端の手筈をととのえようと計画をめぐらした

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