丸山健二『千日の瑠璃 終結8』より十月八日「私は庵だ」を読む
冒頭の庵を語る言葉から、作者のメッセージが強く打ち出されている。
間違いなくあの戦争の中心に存在して
責任を問われぬはずもない天皇がまだ生きていた頃に
うつせみ山の麓の竹林のなかに設けられた
茅葺きの庵だ。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結8』
そんな庵に住んでいるのは「天皇の戦士でありながら 併せて帆船の闘士でもあった彼」
戦争が終わっても、その心の戦争は終わらず「乱れがち」である。
以下引用文を読んでいると、
戦争へと傾いていく力を、社会の隅々にまで浸透しようとするその気配を感じ、今の世とも重なってきて、まさにその通りと思う。
されど
この寡言の人たるや
私に問い掛ける基本的な言葉すら失って
人間の在り方に関する疑念を全部放り出して
色即是空の洞窟へと逃げ込み、
そんな彼はとうの昔に
集団や組織の末端まで行き渡る力の正体に気づき、
まさにそれこそが
背後を襲ってくる元凶であることも
よくよく承知している。
かくして
彼の戦友や同腹の身に降りかかった
ありと悲劇の大方が
そこに因由することと相なり
(丸山健二『千日の瑠璃 終結8』153ページ)