アーサー・モリスン倫敦貧民窟物語「ジェイゴウの子ども」1章15回

彼は小さな箱に腰かけ、膝の上で赤ん坊をあやしながら、パンをかんで一口あたえた。母親は物憂げな様子でぐったりしていたが、視線をむけていった。「その子が大きくならないから、あたしもほんとうに力がつきた。十ヶ月以上になるのに、はいはいをしないんだよ。いつも悩みの種だね、子どもというものは」

彼女はため息をついてから、寝台のうえで体をのばした。男の子は立ち上がると、まどろんでいる赤ん坊の目を覚まさないように注意深く抱っこをしながら、煤けた窓から外を見ようとした。鳥の群が頭上をのろのろと飛んでいた。だが、眼下のジェイゴウ・コートは暗がりに沈んでいた。崩れかけた裏庭が不十分なものながら、ジェイゴウ・コートとの境になっていた。ジェイゴウ・コートからこちらにかけて、あいだにあるものといえば闇だけだった。

男の子は自分の箱に戻り、腰かけた。ややして、その子はいった。「父さんは、外で寝ているんじゃないと思うけどなあ」

女は身をおこして座り、幾ばくかの気力をしめした。「なんだって?」彼女はびしっと問いただした。「卑しいランスやラーリィのように、通りで寝るっていうのかい? そんなことあるわけがない。あんなふうに暮らすなんてひどいもんだよ、まったく。わたしはそんなことには慣れていないからねえ。おまえだって、父さんが外で寝ているのを見たことなんかないだろ?」

「ああ、寝ているところはね。ジェイゴウ・コートにいるのは見たことがあるけど」それから一呼吸おいていった。「父さんがうまくやってくれたらいいね」男の子はいった。

 母親はひるんだ。「何をいっているんだかわからないよ、ディッキー」彼女は言いながら、口ごもってしまい「おまえときたら、まったくいい気になって」

「なにか盗むんだよね、もちろん。ひとを傷つけるんだよね、知っているよ」

「そんなことをおまえが言うなら、父さんに言いつけるよ。そうしたらお仕置きされるから。あたしたちはそんな種類の人間じゃないよ、ディッキー、わかっておくれ。人に指さされるような人生はおくってきてないし、まっすぐに生きてきたんだ。いいかい」

「知っているんだ。母さんが父さんに言っていたのを聞いたよ。父さんがすごいダイヤモンドを家にもって帰ってきたときのことだ。あのネクタイピンだよ。どこで、あれを手に入れたの? 何ヶ月も、何ヶ月も仕事をしてなかったじゃないか。毛布はどうやって手に入れたの? 家賃はどうしているの? それに食べ物は? ルーイのミルクは? わからないとでも思っているの? もう子どもじゃない。わかっているよ」

「ディッキー、ディッキー、そんなこと言わないで」とだけ母親は言うと、物憂げな目に涙をうかべた。「よこしまな考えだよ、いやらしい。おまえは人に指さされないように、まっすぐな人生を歩まないといけない。大きくなったら、まじめにやらないといけないよ」

「まっすぐに生きる連中は馬鹿だと思う。キドー・クックがそういっている。キドーはブロード・ストリートと同じくらい、知識が広いんだ。大人になったら、洒落た格好をして、ギャングにはいる。あの連中は、うまいことやっているんだ」

「あの連中は、何年も、何年も、暗い刑務所にはいっているんだよ、ディッキー。おまえがそんなに卑しい低能な子なら、父さんに鞭でぶってもらうからね」それから母親はもとの姿勢にもどって、まじめにみえる表情をうかべた。「赤ん坊をかえして、おまえも寝るんだよ。父さんが帰ってくるまえにね」

He sat on a small box, and rocked the baby on his knees, feeding it with morsels of chewed bread. The mother, dolefully inert, looked on and said: ‘She’s that backward I’m quite wore out; more ‘n ten months old, an’ don’t even crawl yut. It’s a never-endin’ trouble, is children.’

She sighed, and presently stretched herself on the bed. The boy rose, and carrying his little sister with care, for she was dozing, essayed to look through the grimy window. The dull flush still spread overhead, but Jago Court lay darkling below, with scarce a sign of the ruinous back yards that edged it on this and the opposite sides, and nothing but blackness between.

The boy returned to his box, and sat. Then he said: ‘I don’t s’pose father’s ‘avin’ a sleep outside, eh?’

The woman sat up with some show of energy. ‘Wot?’ she said sharply. ‘Sleep out in the street like them low Ranns an’ Learys? I should ‘ope not. It’s bad enough livin’ ‘ere at all, an’ me being used to different things once, an’ all. You ain’t seen ‘im outside, ‘ave ye?’

‘No, I ain’t seen ‘im: I jist looked in the court.’ Then, after a pause: ‘I ‘ope ‘e’s done a click,’ the boy said.

His mother winced. ‘I dunno wot you mean, Dicky,’ she said, but falteringly. ‘You—you’re gittin’ that low an’ an’—’

‘Wy, copped somethink, o’ course. Nicked somethink. You know.’

‘If you say sich things as that I’ll tell ‘im wot you say, an’ ‘e’ll pay you. We ain’t that sort o’ people, Dicky, you ought to know. I was alwis kep’ respectable an’ straight all my life, I’m sure, an’—’

‘I know. You said so before, to father—I ‘eard: w’en ‘e brought ‘ome that there yuller prop—the necktie pin. Wy, where did ‘e git that? ‘E ain’t ‘ad a job for munse and munse: where’s the yannups come from wot’s bin for to pay the rent, an’ git the toke, an’ milk for Looey? Think I dunno? I ain’t a kid. I know.’

‘Dicky, Dicky! you mustn’t say sich things!’ was all the mother could find to say, with tears in her slack eyes. ‘It’s wicked an’—an’ low. An’ you must alwis be respectable an’ straight, Dicky, an’ you’ll—you’ll git on then.’

‘Straight people’s fools, I reckon. Kiddo Cook says that, an’ ‘e’s as wide as Broad Street. W’en I grow up I’m goin’ to git toffs’ clo’es an’ be in the ‘igh mob. They does big clicks.’

‘They git put in a dark prison for years an’ years, Dicky—an’—an’ if you’re sich a wicked low boy, father ‘ll give you the strap—’ard,’ the mother returned, with what earnestness she might. ‘Gimme the baby, an’ you go to bed, go on; ‘fore father comes.’

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