隙間読書 山本禾太郎『仙人掌の花』

『仙人掌の花』

著者:山本禾太郎

初出:昭和7年1月「猟奇」

青空文庫

神戸ミステリー館の展示で初めて存在を知った山本禾太郎。その後、ツィッターで親切に教えてくださった方がいて、デビュー作が「窓」も、長編「消える女」も神戸ものだということを知った。「消える女」は神戸の劇場で活躍した女浪曲師の伝記ということでさらに興味をもつ。とりあえず忘れないうちに青空文庫に収録されている『仙人掌の花』から読んでみた。

とても好きな作品である。私が好きな作品はミステリとしてはアレな作品が多いから、きっとこの作品もミステリとしては物足りない作品なのかもしれない。だが私は好きである。不思議な終わり方に、ふと火刑法廷を思い出す。粗筋は火刑法廷とは関係ないけれど、読み終えたときの不思議な感じが火刑法廷なのである。読んですっきりする作品よりも、曖昧模糊としたものが残る作品の方がいい。

以下はネタバレありの駄文。

昭和二年、北陸加賀温泉郷の片山津温泉。この作品では北国と記され、K温泉と書かれているが所々に見える地名からすると柴山湖湖畔の片山津温泉のようである。

「丘一つ距てた日本海に陽が落ちると、見る見るうちに湖面は黒くなって、対岸の灯が増すのであった。

陽が、とっぷりと暮れる。芦の葉ずれ、にぶい櫓声、柔らかな砂土を踏むフェルト草履の感じ、それらのすべては、病を養う閑枝にとっては一殊淋しいものではあったが、また自分の心にぴったりと似合った好もしい寂しさであった」

この描写からすると、だいぶ寂しい町のようである。ここで療養していた閑枝が自殺を考えていたとき、見知らぬ男から思いを打ち明ける手紙が届き、自殺の機を失ってしまう。

それから四日くらい間をあけて手紙が届く事が二回、三回目の手紙には「世をうらみ、身をなげく絶望から、蘇って生の喜びを感じた」ことを告白しながら、「あなたの前に、私と云うものを現すことが出来ない…今一枚の画を書いています…その画が出来上がりましたら…手紙をふたたび書くまい」と記されていた。

やがて仙人掌の画と啄木の詩集が送られてくる。そのときの四通目の手紙が最後の手紙となる。

湖畔の温泉町をはなれた閑枝は、町の写真屋が飾っていた自分の写真が紛失したという話を聞き、誰が盗んだか悟る。

閑枝は旧式の、作者の言葉によれば「犠牲婚姻」をする。結婚当日の夜、車のフロンドガラスに見知らぬ男の顔を見る。その男は、仙人掌のなかにも潜んでいた。閑枝は仙人掌に話しかけるようになる。

閑枝は夫宛ての葉書に片山津温泉の旅館からのものがあることを発見、どうやら自分と同じ時期に滞在して絵を描いていたらしいことを知って、憤りを感じる。仙人掌のなかの顔も、いつの間にか夫の顔に変わってしまう。

そんな或る日、夫が電話で知らせてきた。閑枝の盗まれた写真を日記にはさんだまま自殺をした不自由な体の男がいると、その男の失恋自殺という記事を新聞にのっていると。

その知らせをうけ、仙人掌の顔は笑っていた。閑枝も笑いをうかべて、その顔にいつまでも話しかけていた。

生霊といってもいいだろうか、閑枝の婚礼の晩、車のフロントガラスに写っているのも、サボテンの画のなかにひそんでいるのもいじらしい。

もしかしたら手紙の男が夫かも…と思ったときの閑枝の反応の意外さ。

「憤りに似た感情が閑枝の胸に湧き起った。それは二年の間を胸に抱きしめて愛撫に磨いた珠玉を、泥靴で踏みくだかれた口惜しさと、腹立たしさであった」

「ただ、なんとはなしに、静かな、平和な光のなかに、思うがままに開かせてきた空想の華を、無残にも引きちぎられた悲しみとも、憤りとも、名状しがたい不快な気持ちであった」

幾度も読み返してきた男からの手紙を火にくべ、画も燃やそうとしたところで閑枝は「夫がこう云う画を描くだろうか」と思いとどまる。

現実の生活である夫をここまで憎しみ嫌いながら、見たこともなければ、会ったこともない男を慕う閑枝のいじらしさ。狂ったように幻を追い求める二人の激しさは、だんだん軍国主義へと歩みはじめる社会への反発から生まれたものなのだろうか。

…終わりにしようとしたところで疑問がひとつ浮かんだ。自殺するときに日記を残すものだろうか? それも好きな女の写真をはさんで。…という疑問を感じたら成立しない作品ではあるが好きである。

それにこの時代に「犠牲婚姻」という言葉を使う感覚も、現実の生活の象徴である夫を憎む心理を描く感覚も、もっと作品を読んでみたいと思わせる作家である。

読了日:2017年7月25日

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