歌誌 月光80より福島泰樹「大正十二年九月一日」を読む
ー非道の歴史を語る視点、語り口の魅力ー
冒頭、幼い頃に聞いた関東大震災の思い出を語る叔母たちの声で始まる文が一気に大正時代へと引き込んでゆく。
明治末期から日本がいかに韓国にひどいことをしてきたか、抗議しようとした社会運動家たちをいかに弾圧してきたか……事実から目を背けずに語る簡潔な文。
その合間に挟まれた短歌が、無念、激動、無限の事実……を語る。
エピソード+事実+短歌というスタイルは、私のように日本史の知識が欠落した人間でも飽きずに読める、そして雄弁に時代を伝える……。
非常に魅力のある書き方だと思った。
明治四十三(1910)八月に調印された「韓国併合条約」には、韓国の統治権を完全かつ永久に日本に譲渡することなどが規定され、以後韓国を改め朝鮮と称し、朝鮮総督府を置き支配を強めてゆく。
水平社創立の朝、朝鮮総督府に日の丸は黒くはためく
(歌誌月光80より福島泰樹「大正十二年九月一日」)
「水平社」ではじまる短歌の「黒い旗」は、解放を求める水平社の黒い旗がはためく頃、朝鮮総督府にははためく日の丸が韓国の人にもたらした残酷非道を糾弾する歌なのだろうか……。
以下、私の知らなかった事実や朝鮮への弾圧を書いた文と短歌を幾つか引用。
・警察協力団体として在郷軍人会、消防組、青年団などを中心とした自警団が組織されたのも、この年(大正九年)であった。
・日本の朝鮮統治によって最も深刻な打撃を受けたのは、朝鮮の農民たちであった。総督府は土地所有権をめぐり、農民を零細の小作農に転落させた。第一次世界大戦以後、貧窮に耐えかねた農民は、日本内地へ流入を図り、朝鮮人労働者の増加が顕著になってゆく。が、日本の雇用者たちは、彼らを冷遇、虐待した。
「何が私をかうさせたか」実感の震えるごときを思想とはいう
・大正十一年七月には、水力発電所十数人の朝鮮人労働者の虐殺死体が、信濃川に投げ捨てられる事件が発生。
(歌誌月光80より福島泰樹「大正十二年九月一日」)
大正時代は短く、歴史の授業ではあっという間に終わりがちだと思う。
だが日本の大きなターニングポイントとなった時代なのだと、以下の最後の文に思う。
関東大震災は、人々の意識にさまざまの変容をもたらせた。デモクラシーの嵐吹きまくる中、薩長以来の軍閥と非難され、無用の長物とみなされていた軍隊が、国民に一目置かれる機会を得たのである。関東大震災からわずかに三年八ヶ月、山東出兵はなされ、私達の父、母、祖父、祖母たちは戦争の時代を迎えるのである。
(歌誌月光80より福島泰樹「大正十二年九月一日」)
短歌も、関東大震災前後の歴史を語る視点も魅力的な福島泰樹「大正十二年九月一日」……。
掲載されている歌誌月光80は、神保町PASSAGE書店1階さりはま書房の棚にもあります。
よければご覧ください。
(水平社の旗)