さりはま書房徒然日誌2023年10月1日(日)

丸山健二「我ら亡きあとに津波よ来たれ」下巻を少し読む

ー「心のぼろ船」の航海を喩える言葉に心惹かれてー

引用部分の半分以降、「心のぼろ船」の航海の喩えに心惹かれる。

思いもよらない語と語の結びつきを文の中に幾度も見かけ、そのあとには言葉によって刺激された私の意識が以前とは違った速度で流れている。

「擦り切れてゆく命によってすっかり錆びついた怒りを揚げ」とか、

「永遠の逼迫という残酷な型で打ち抜かれた人生の港」という表現もとても好きである。
ぼんやりとしか分からないながら、人生とはほんとうに辛くシンドいもの……と思えてくる。

「流動の波紋を描く生のしなやかな発露」も「流動」「波紋」「しなやか」も斬新な組み合わせながら、不思議とイメージが重なり合う表現だと思う。

「今を盛りとはびこる破局の毒針」も「今を盛りとはびこる」「破局の毒針」という語の意外な組み合わせに、切なくなってくる。

それにしても、どの表現も「五文字」「七文字」が多い。「五」「七」は、日本語の表現で魔法の響きを生み出す数字なのだと思う。

ために、

過ぎた日を語ろうとも思わず
いかなる状況におちいっても無限を志向してやまぬ性情という
どうして今の今まで気づかなかったのか不思議でならぬ
これに過ぎたるものはない有利な一面を自認したおれは、


生きてもいなかったし死んでもいなかった失意の立場を放棄し
この世との懸念に満ちた和解を放棄すべく、

度を越えたものにただならぬ愛着をおぼえ、

より真実らしい響きを持った言葉への激しい反発をおぼえ、

悪の最たるものとしての理想的満足をおぼえる、

おのれの命の主人たる詩魂のみを乗せた
放逸のための時は成就したと言わんばかりの心のぼろ船を
どうにか出航させようと意を決し、


ほどなくしてそれは、

空々しい日々のなかで擦り切れてゆく命によってすっかり錆びついた錨を揚げ、

永遠の逼迫という残酷な型で撃ち抜かれた人生の港を離れ、

おのれの運命に絶えず付きまとう不安の雲気を追い風にして帆走し、

どんどん迫ってくる重苦しい現実の決定的な超克を得るという目標を掲げ、

流動の波紋を描く生のしなやかな発露に導かれ、

今を盛りとはびこる破局の毒針を巧みに避け、

言葉にならない言葉を発しながら快適な軌道上をするすると滑り、

沈黙の語らいを天体の輝きに覆われた夜を音もなくよぎって行った。

(丸山健二「我ら亡きあとに津波よ来たれ」下巻80頁)

丸山先生が書く津波後の国家が崩壊した世界。

実際、関東大震災後は「法に拘束される者は皆無」となったせいで流言飛語、虐殺が起きたわけだ。

だが本書では違う方向に展開しそうな気もする。果たして、どうなるのだろうか?

維持されつづける富者の支配体制に貧者が馴致されつづけるという
所詮は金の番人でしかない国家の均衡を大きく破れたせいで
権力の崩壊と死滅を望む神聖な性格を帯び
圧政に反逆して単身闘う者がかもすような雰囲気に呑みこまれてゆき、


つまり
服従と忠誠を要求できる決定的な役割を持つ者はいなくなり、

厳密に言えば
法に拘束される人間はもはや皆無となったにちがいなく

((丸山健二「我ら亡きあとに津波よ来たれ」下巻72頁)

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