丸山健二「トリカブトの花が咲く頃」上巻を少し読む
ー巡りが原の思いは丸山先生の思いでもあってー
青年僧のことを嫌っていた巡りが原だが、青年のふとした言動がきっかけで親しみを抱きはじめる。
親近感を感じる言葉の内容がいかにも丸山先生らしい。
以下引用部分。
高原・巡りが原が語る青空も、青年僧の毒舌も、島国の賃金労働者たちの生活も、それぞれの魅力があって、別の内容でありながら、最後には丸山先生の目となって融和して一つの世界になってゆく。
それぞれが微妙な曲面を呈す
真っ白な雲がぽっかり浮かんでいる
ただそれだけの青空にむかって
つぎつぎに矢を射こむ酔余の暴言は
何かしらのきっかけを得て
適当な時期におのれを虐待することをやめた売僧の
憮然とした面持ちによく似合い
存在することへの恨み辛みというありふれた執見と陳腐な嘆きを
卑劣きわまりない振る舞いを
手きびしく面罵するときの口調で
痛憤をこめて口汚く毒づいているばかりであるにもかかわらず
嫋々たる余韻の美しさと奥深さには洞察への並々ならぬ力量が示され
ただもう舌を巻くばかりだ
争いにみちた世界と老廃してゆく時代にいちゃもんをつけ
短兵急な主戦論にのめりこみ
社会的なむすびつきを強固にし過ぎた苦悩の島国にたいして
いくら罵声を浴びせてみても
富者が強いる犠牲の下でしか生きられぬ賃金労働者たちの
不平たらたらのありさまとは似ても似つかず
(丸山健二「トリカブトの花が咲く頃」上巻257頁)
青年僧がつく悪態も、丸山先生の歴史観がさりげなく語られている気がする。
ここは気がつかないでスルーしてしまう読者と「よく言ってくれた!」と拍手したくなる読者の分岐点ではないだろうか?
ここで頷く読み手なら、丸山先生の文体がいくら変わっていっても、追いかけていくのではないだろうか。
多くの愚者たちによって人間を超越した者と固く信じこまれている架空の存在を
自分なりに敷衍してあしざまに言う
この狂人まがいの素っ裸の男を
(丸山健二「トリカブトの花が咲く頃」上巻260頁)