さりはま書房徒然日誌2024年1月13日

佐多稲子「私の東京地図」を読む

ー関東大震災前後の東京の風景が実に細かく書かれているー

先日受けた福島泰樹先生の「文学のバザール浅草」講座の資料に出てきた佐多稲子の浅草を語る文の鮮やかさ、躍動感に惹かれて、佐多稲子「私の東京地図」(講談社学芸文庫)を手にする。
「私の東京地図」「版画」「橋にかかる夢」「下町」「池之端今昔」「挽歌」の六篇を読む。

関東大震災前後の上野、浅草、日本橋界隈の風景が実に細かく書かれている。だが、どんなものなんだろうか……と想像し難いものも結構あって、さらに街並みも今とはすっかり違って、まったく知らない国を旅している気分になる。
たまに不忍池の描写が出てくると、「ああ、変わらない」と安堵したりする。

今とは色々違うことばかり……

この時代、棺桶は丸桶だったんだ……葬儀屋の人夫さんが死体の足をポキポキ折って丸桶に座らせるんだ……

足袋屋さんでは「文数に合せた木型に足袋をはめて、竹べらで指先の切り込みを押え、木槌で叩いて型を仕上げてくれた」(佐多稲子「池之端今昔」)

丸善の入り口には下足番のお爺さんが二人いた……。

丸善の左右に内側へ開く入口のとっつきに、赤い鼻緒の麻うらがずらりと並べてある。下駄の客はこれに履きかえて下足の札を子の老人たちから受け取って店内へ上る。靴の人は、この老人たちに茶っぽい靴カバーをはめてもらう。東京の町の道路がまだそういうことを必要としていた。

(佐多稲子「挽歌」)

丸善で佐多稲子の同僚女性は、大杉栄が洋書売り場にいたと騒ぐ。

「大杉栄の目はすごいわよう。キラキラ光っているわよ。あの目だけで魅惑されてしまうわよ』

(佐多稲子「挽歌」)

こんなに書店員からキャーキャー騒がれる大杉栄が惨殺されたのだから、世間への衝撃、あるいは見せしめの度合いはさぞ……と思ってしまった。

関東大震災前後の東京の街が、そこで逞しく働く佐多稲子の動きが、映画を観ているように浮かんでくる作品である。

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