丸山健二「千日の瑠璃 終結2」三月十日を読む
ー文章で出会う世界ー
三月十日は「私は雪崩だ」と「うつせみ山の南側の急斜面に発生すべくして発生した」「雪崩」が語る。
長年、信濃大町に住んでいる丸山先生らしい感覚にあふれた箇所だと思う。まだ雪崩を体験したことがない私は、その音や気配、雪崩を迎える山国の人の心境を知る。私なら思わず怖くなって布団を頭から被ってしまいそうだが、山国の住民にとっては「春を知って 束の間心をときめかせ」るものと知って意外だった。
それほど大した規模ではない私であっても
だが音だけは立派で
たちまちのうちに落ちかかる雷火のごとき轟音に成長したかと思うと
まほろ町の夜明けをびりびりと振動させ、
物凄まじい気配で目を覚ました住民たちは
いよいよ間近に迫った春を知って
束の間心をときめかせ、
根拠に頼ることなく
何やらいいことが起きるのではないかと
本気で期待する。
(丸山健二「千日の瑠璃 終結2」242頁)