丸山健二『千日の瑠璃 終結6』より四月十三日「私は所見だ」を読む
世一のドクターがカルテに記す希望もないかわりに、悪化もしていないという所見。
そうした所見をずっと聞き続けてきた母親の忍耐と居直り。
以下引用文。最後の文に鬱々とした思いを抱えてきた母親のやり過ごし方、割り切り方、切なさに、小さな、でも必死に生きる人の人生を見る思いがする。
私が連ねる事務的な言葉を
いつものように軽くあしらった世一の母は
わが子のためではなく
自分のために買ったチョコレートを
目にも止まらぬ速さでバッグから取り出して
さっと口に放りこみ、
そのほろ苦い味を楽しみながら
懐かし過ぎる娘時代の彼方へと逃げこんで
それ以降の人生の展開を
束の間忘れ去る。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』241頁)