丸山健二『千日の瑠璃 終結8』より十月十九日「私は食堂だ」を読む
娼婦が世一を連れて入った戦前からつづく古い食堂。
娼婦の気だるげな雰囲気も、
街の灰色がかった感じも、
食堂の時に侵食された感じも、
世一の体の動きも見えるような文だなあと思った。
店の前の通りを行き交う
いささかだれ気味の人々や
譲歩を知らぬクルマの群れをぼんやりと眺め、
明日なき今のなかでゆったりとくつろぎ
刹那の流れに思考を委ねている。
汚れが限界に達して久しい厨房では
壊れかけている油まみれの換気扇が
世一の体の動きに調子を合わせるようにして
がくがくと周り
レジの下では
まるまると太った猫が投げやりな目をして
めっぽうだらしない格好で寝そべり
(丸山健二『千日の瑠璃 終結8』196ページ)