肉体に由来する欲望を嫌悪する気持ちには、強いものがある。こうした欲望の強い表現には、嫌悪を感じるものだし、不愉快な感じをうけるものである。古代のある哲学者によれば、こうした欲望というものは、野獣と共有する情熱であり、人間の本質とは関連のないものであり、威厳の下にひそんでいるものなのである。しかし、野獣と共有する情熱とは他にも多くあり、例えば怒り、自然な愛情、感謝というものがある。こういうわけながら、感謝などは野獣の感情には見えないものである。他人のなかに肉体への欲望をみるときに、妙な嫌悪感を心にいだくのには、もっともな理由がある。それは、その欲望を追体験するわけにはいかないためである。欲望を感じるひとにとって、そうした欲望は充たされるとすぐに、わくわくしていた筈の対象が好ましいものでなくなってしまう。そして、その存在は、不快なものになる。そこで少し前に夢中になっていた魅力をもとめ、むなしくあたりを見回すわけだ。そのようにして他のひとと同じように、その情熱をこれ見よがしに追体験する。私たちは食事をとるとき、食器の蓋をとるように頼む。もっとも激しく、情熱的な欲望の対象が、肉体に由来する情熱そのものだとしよう。そのときは蓋をかぶせた料理と同じようにして、欲望の対象を扱わなくてはいけないのだ。(1.Ⅱ.5)
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