女将の小言
「遊女物語」の製本が出来て、書屋さんから送つて頂いたのは、一月二十四日のお午頃であつた。世には賤業婦だ、売笑婦だと、一口に言ひ罵らるる身の恥を、書いて自ら公にしたやうなものの、此は實に、私が苦界に於ける四年間、血に泣いた涙の記念である。事実として、ありの儘に、果敢なき身の運命やら、苦しく悲しき苦界の苦心やらを、筆に寫した記念である。手に取つて、一頁一頁と披き見れば、今更に万感潮のやうに、胸に湧いて来るのである。
私は、古い親しい友達にでも逢つたやうな心地で、臥しながら、自分の筆の跡を、第一項から讀んでゐると、昨夜の疲れにか、平時しか眠りに落ちて了つた。
其の夕べ、風呂に入つて後、平常の通り、お化粧をして、見世に出やうとしてゐると、主人の部屋から、一寸来て呉れと呼びに来た。行つて見ると、女将さんが、
「お前、本を書いたさうだが、一寸見せてお呉れ。何んなことを書いたか、讀んで見たいから。」
何うして、誰れから聞いたのか、早くも本のことを知つてゐる。今更「嫌で御座います」と、断る譯にも行かず、
「御覧になつても、詰まらないものですよ」
と、自分の部屋から、持つて来て、女将さんに渡した。
其晩は、お客様が二人あつたので、何もかも忘れて、夜は明けた。