其日も暮れて、見世に出やうとしてゐる所を、又女将さんから呼ばれたので、何事かと思って、行つて見ると、
「お腕前は確かに拝見しましいたがね、楼にゐる中に、斯んなことをされては困りますよ。廃業してからなら、何を書いたつて、差支へもなし、私だとて、知つてゐることなら、幾らでも、教へて上げるわね」
「あら、女将さん、廃業してからだの、楼にゐる中だのと、別に異つたこともないじやありませんか。決してご迷惑になるやうなことは、書いてありませんから。」
「第一院長さんの事なんか、書いて可けないじやないか。お前もお世話になつた方だし、楼でも始終御厄介になつてゐるじやないかね。」