雌馬はもう我慢できないとう素振りをかすかにみせていた。放牧場には、意地悪をしてくる虫もいれば、牧草地としてはありきたりの所なので、美味しい飼い葉をもらえる放し飼いの馬屋で気持ちよく過ごせるという期待は見込めなかったからだ。エレーヌはパンのかけらをいじっているのをやめ、鞍に軽やかにまたがった。小道沿いにゆっくり馬をすすめ、ケリウェイが門のところまで見送ってくれた。彼女は周囲をみわたし、つい先ほどまでは絵に描いたような古い農場に思えた、ミツバチの巣箱やタチアオイ、切妻屋根の荷車置き場のある場所をながめた。今や彼女の目には、そこは魔法の街ではあるけれど、その魔法の下には隠された現実があることがわかった。
「うらやましいわ」彼女はケリウェイにいった。「おとぎの国をつくりだして、そこに住んでいるのだもの」
「うらやましいだと?」
彼はふと苦々しい表情をうかべ、畳みかけるように問い返した。彼の方をみると、もの言いたげな苦悩が顔にうかんでいるのが見えた。
「むかし」彼はいった。「ドイツの新聞で読んだ短編に、体の不自由な鶴が飼われている話があったが、その鶴は小さな町にある公園で暮らしていた。その話の内容は忘れてしまったが、一行だけ今でも覚えている言葉がある。『体が不自由でした。そういうわけで飼われているのでした』」
彼はお伽の国をつくりだしたのだが、たしかにそこで生きているのではなかった。