サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅹ章 101回

ラトランドギャラリーが混んでいることと言えば、近隣のお茶会のなかでも群をぬいていて、芸術の保護者たちが流行の群れをなして、マーヴィン・ケントックが描いた紳士淑女の肖像画を収集した展示物を吟味していた。ケントックは若い芸術家で、その才能は批評家からは正当に評価されていた。だが、その評価が過度になりすぎないのは、彼が大切にしていることが、もし謙遜して才能をブッシュル升に隠すなら、才能を隠すブッシュル升を正確に描いてすべての人に示すことに心を砕くということだからだ。世の人から認められるには、二つの場合がある。ひとつは死後だいぶたってから発見され、孫たちが新聞に関係を書くような場合だ。もうひとつは赤ん坊のモーゼのように、人生の最初の段階で発見されるような場合だ。マーヴィン・ケントックが選んだのは後者であり、より幸せな生き方だった。大志をいだく若者の多くが自らの作品を宣伝しようと努めるのは、奇妙な弱さを知らせることに頼るような時代にあって、ケントックがだした作品は、愉快なものでありながら、繊細かつ節度のあるものであり、それでも自分の作品を告げようと、風変りなファンファーレを鳴らしては、そうしなければ自分のアトリエから逸れてしまうだろう注目を引き寄せるのだった。

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