チェスタトン「マンアライヴ」一部一章第3回

数多の官吏や牧師が埃をかぶって、遠くのポプラ並木をとぼとぼと歩きながら、こう考えるのも百回目になるのだが、その木々ときたら、葬儀馬車の羽飾りのようであった。そう思ったとき、この目に見えない力が木々をとらえ、ゆすぶったものだから、道行く人の頭のまわりに葉が落ちてきて、まるで花飾りの輪のようにも、天使の羽があいさつをしているようにも見えた。そのおかげで心がふるい、信頼する気持ちが強まったのだが、その頼もしさは諺にでてくる昔の風の比ではなかった。なにしろ、この風は良い風で、誰も傷つけることがないものなのだから。

 

Many a dusty clerk or cleric, plodding a telescopic road of poplars, thought for the hundredth time that they were like the plumes of a hearse; when this invisible energy caught and swung and clashed them round his head like a wreath or salutation of seraphic wings. There was in it something more inspired and authoritative even than the old wind of the proverb; for this was the good wind that blows nobody harm.

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