チェスタトン「マンアライヴ」一部三章第87回

「君は忙しいんだね」アーサーが言ったのは、奇妙なことに目にした光景に困惑したからで、その気持ちを封じ込めようとしたのだ。

「夢みている暇は、この世界にないわ」その若いレディは、彼に背中をむけたまま答えた。

「最近、僕は考えるんだよ」イングルウッドは声をおとして言った。「目を覚ましている暇はないのだと」

 彼女は答えなかった。彼は窓まで歩いていくと、庭のほうを眺めた。

「僕は煙草もすわなければ、酒も飲んだりしない。君も知っていると思うが」彼は唐突に言った。「そうしたものは麻薬だと考えているからだ。だけれども、趣味というものはすべて、カメラにしても、自転車にしても麻薬なんだ。光線をさえぎるためにカメラの黒い布の下にもぐることも、暗い部屋に入ることも、とにかく苦境におちることになる。僕は夢中になってしまう。速さにも、太陽の光にも、疲れにも、新鮮な空気にも。自転車のペダルを勢いよくこぐあまり、僕も自転車と化してしまう。みんなそうなんだ。あまりに忙しいから、目覚めていることができないんだ」

 

“You are busy,” said Arthur, oddly embarrassed with what he had seen, and wishing to ignore it.

“There’s no time for dreaming in this world,” answered the young lady with her back to him.

“I have been thinking lately,” said Inglewood in a low voice, “that there’s no time for waking up.”

She did not reply, and he walked to the window and looked out on the garden.

“I don’t smoke or drink, you know,” he said irrelevantly, “because I think they’re drugs. And yet I fancy all hobbies, like my camera and bicycle, are drugs too. Getting under a black hood, getting into a dark room—getting into a hole anyhow. Drugging myself with speed, and sunshine, and fatigue, and fresh air. Pedalling the machine so fast that I turn into a machine myself. That’s the matter with all of us. We’re too busy to wake up.”

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