隙間読書 泉鏡花「化鳥」

「化鳥」

作者:泉鏡花

初出:明治30年(1897年)

青空文庫

写真は泉鏡花記念館「化鳥」原画展ポスター

「化鳥」は鏡花初の口語体作品ということで、中川学さんの手で絵本にもされている。楽しい雰囲気もありながら、深いテーマのある作品。

少年「廉」は零落した母と二人、橋のたもとの小屋で、橋の通行料をもらうことで暮らしている。

この橋はどことどこを渡している橋なのだろうか? 現実と不思議の世界か、幸せな昔と現在か? 橋をとおる人たちに、廉は不思議な世界の住人の姿をかさね、幸せな昔の屋敷を思い出したりする。

橋は、その上にたたずんで思いにふける場所かと思っていたが、外から橋をながめ、通行人をながめ、川辺のひとをながめ思いにふけるという視点も斬新。

橋のたもとの小屋から見える人々の描写は、猪の王様、猿廻、鮟鱇博士、千本しめじなど、何ともユーモラス。

この作品の魅力は橋のたもとという不思議な空間、ユーモラスな人物だけにとどまらない。先生に邪慳にされても自分の価値観をゆるがせない少年、その価値観を少年に教えた母親も強く、偉いひとにも自分の主張を凛と伝える。その強さが「化鳥」の怪しさ、強さとなる。

 


先生が修身のお談話をしてね、人は何だから、世の中に一番えらいものだって、そういつたの。母様、違ってるわねえ。

廉は「人間が一番えらい」という先生の言葉を鵜呑みにしたりはしない。そのせいで先生に邪慳にされたり、怒られたりしても。母親に疑問をぶつける廉のなんとピュアなことか。


それでも先生が恐い顔をしておいでなら、そんなものは見ていないで、今お前がいった、そのうつくしい菊の花を見ていたら可いでしょう。

 

先生が廉の言葉を無視して怒っているなら…と語るこの母の言葉は、なんとも凄味がある。「そんなものは見ていないで…そのうつくしい菊の花を見ていたら」という言葉は鏡花の生き方のポリシーとつうじるものであり、そこに鏡花の魅力がある。


人に踏まれたり、蹴られたり、後足で砂をかけられたり、苛められて責まれて、煮湯を飲ませられて、砂を浴せられて、鞭うたれて、朝から晩まで泣通しで、咽喉がかれて、血を吐いて、消えてしまいそうになってる処を、人に高見で見物されて、おもしろがられて、笑われて、慰にされて、嬉しがられて、眼が血走って、髪が動いて、唇が破れた処で、口惜しい、口惜しい、口惜しい、口惜しい、蓄生め、獣めと始終そう思って、五年も八年も経たなければ、ほんとうに分ることではない、覚えられることではないんだそうで、お亡んなすった、父様とこの母様とが聞いても身震がするような、そういう酷いめに、苦しい、痛い、苦しい、辛い、惨酷なめに逢って、そうしてようようお分りになった…鳥獣も草木も、昆虫類も、皆形こそ変っていてもおんなじほどのものだということを。

なんと迫力のある言葉か。母親は、零落してから味わってきた辛い思いをぶつけるように語る。冷たい世の中を「口惜しい、畜生め、獣め」と呪いながら。こうした辛酸をなめた結果の価値観が「鳥獣も草木も、昆虫類も、皆形こそ変っていてもおんなじ」なのである。


「渡をお置きなさらんではいけません。」

橋の通行料を踏み倒そうとする偉い紳士にも、母はピシャリと言い切る。近所の人からは「番小屋のかかあに似て此奴もどうかしていらあ」と言われる母は、世間の目からすれば少しおかしいところがあるのかもしれないが、廉の目にはどこまでも強い母なのである。


廉が川で溺れかけたときに助けてくれたのは、「大きな五色の翼があって天上に遊んでいらっしゃるうつくしいお姉さん」なのだと母は教える。廉はそのお姉さんを捜しに鳥屋へ行き、森に行き…倒れそうになった瞬間に、母がそのお姉さんであったと知る。

うつくしい場面でもあり、不思議さの残る場面。

優しいけれど凛とした母が「翼のはえたやさしいお姉さん」、つまり化鳥であった…という意外さ。「鳥獣も草木も、昆虫類も、皆形こそ変っていてもおんなじほどのもの」と廉に教えていた母が、化鳥の正体であっても、その強さも、美しさも母のイメージと結びつく。

でも、なぜ母は助けたのは自分だと告げないで、「大きな五色の翼があって天上に遊んでいらっしゃるうつくしいお姉さん」だと告げ、廉があちらこちらを探すままにしておいたのだろうか? 母が狂気のひとであったことを暗示しているのか? それとも川におちたとき、廉は命を失ってしまい、死後の幻想なのか。



見たいな! 羽の生えたうつくしい姉さん。だけれども、まあ、可い。母様がいらっしゃるから、母様がいらっしゃったから。

最後、廉がつぶやくこの言葉も不思議である。単純に母がきてくれるからと解釈していいものか。でも「いらっしゃるから、母様がいらっしゃったから」の繰り返しが、もっと他のことを意味しているようにも思える。廉も死んでしまい、その魂が呟いているのではないだろうか。

いろいろ不思議に思うことはあれど、その不思議を考えることも楽しい。すっきり割り切れないところに魅力がある作品。

読了日:2017年9月14日

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