『影の狩人』
作者:中井英夫
初出:「カイエ」1979年二月号
汐文社文豪ノ怪談ジュニア・セレクション 恋
この短編はメビウスの輪のような短編である。同じ文で始まって、同じ文で終わりになる。冒頭の、最後の文はこちらである。
青年はひらすら夜を待った。夜になれば親しい友人のような顔をして、”彼”が訪れてくるからだ。
メビウスの輪のような短編のなかに、青年と彼の豊かな会話がつきることなく流れていく。
五次元方程式や楕円関数、一角獣のタペストリー、狼男、美しい名前を持つフランス革命歴…青年と彼のあいだには、実利とは無縁の会話がつづく。この会話に耳を傾けていると、ギリシャ風の恋愛の方がいいもののように思えてしまう。
「一月から三月までが秋で葡萄月、霧月、霜月。バンデミエール、ブリュイメール、フリメール。春から七月までが芽月、花月、草月。ジェルミナール、フロレアル…」
註がなければ、青年と彼との会話についていくことはできなかったかもしれないが、東氏の詳しい註のおかげで中井英夫の世界の豊かさを堪能した。
読了日:2017年10月19日