フランス幻想小説傑作集収録 (白水社)
澁澤の解説を要約すれば、この短篇はサドが1814年に没してから100年以上経過した1926年に初めて刊行された短編小説集「小咄、昔噺、おどけ話」の一篇。書かれた時期はバスティーユの獄中にいた1789年から1788年だろうとのこと。
この短篇の主人公、ヴォージュール男爵はサド侯爵を思い出させると同時に、澁澤龍彦その人も重なるような人物である。ヴォージュ男爵に共感しているのはサド侯爵なのか、澁澤龍彦なのか…作家と訳者が混然としてくる一文である。
ヴォージュール男爵には度はずれな道楽への好みのほかに、あらゆる学問、とくにひとびとをしばしば誤りに陥らせ、もっとはるかに有効な使い道のある貴重な時間を、夢幻や幻想のうちに浪費せしめる学問への好みがあった。彼は錬金術師であり、占星術師であり、妖術師であり、降神術師であって、天文学者としても有能であったが、物理学者としては凡庸であった。
男爵は悪魔と取り引きをして、魂を約束するかわりに、六十歳にいたるまで幸福に生きる、金には困らない、絶倫の生殖力に恵まれることを保証してもらう。
そして60歳になった日…。
先日読んだ鏡花「薬草取」とはまったく異なる読後感「なぜ…なぜ、そんな」という思いに茫然としてしまう。そんな思いに答えるかのように、サドはこの短篇をこう締めくくる。
しかしながら、或る事実があまねく証明され、しかもそれが、このような異常な種類のものである時には、私たちは謙虚に頭をさげ、目を閉じて、次のように言うべきであろう。「いかにして諸天体が空間に浮遊しているのか、私は理解することができない。したがって、この地上にも私の理解し得ない事柄が多く存在するであろう。」
それまでの幸せを一瞬にして覆す力の存在に、その理解できない理不尽さに、ただただ言葉を失いつつ本を閉じる。
2018年5月25日読了