2018.07 隙間読書 ヴィリィエ・ド・リラダン「ヴェラ」齋藤磯雄訳

「幻想小説神髄」(ちくま文庫収録)


ダトール伯と貴婦人ヴェラの愛と死の物語。ふたりは愛し合うあまり、ヴェラは絶命してしまう。

その死を信じられない伯爵はヴェラが生きているからのようにふるまい続け、ヴェラの幻が読者の前にも語られる。最後、妻の死をみとめた伯爵は絶望にかられるが、その伯爵の前に落ちたものは…という筋立てである。


ダトール伯爵の目をとおして語られるヴェラの愛用していた品々。この品々を語る丁寧な描写をとおして綾織のようにヴェラが描かれ、典雅な訳文もヴェラの雰囲気をよく伝えている。


そして今や彼は妻なき部屋を再び目のあたりに見たのである。

金糸を織込んだ赤紫の印度綾織(カシユミール)のゆるやかに垂れた帳(とばり)の下に、玻璃窓はひらかれていた。薄暮の最終の光が、古い木製の額縁の中に、今は亡き女の大きな肖像を照らしていた。伯爵はあたりを眺め廻した。肘掛け椅子の上には、昨夜脱ぎ捨てられた長衣(ろーぶ)。炉棚の上には、宝石、真珠の頸飾、半ば閉ざされた扇、彼女がもはや薫香(かおり)を吸うよしなもない香水の重い小壜。螺状の柱のある黒檀の臥所は取乱したままで、愛らしくもまた神々しい頭をのせた痕がなお薄紗のさなかにありありと認められる枕の傍らには、彼のうら若い魂の伴侶が一瞬死の苦悩を包んだ、血の滴りに赤く染まった手巾(ハンカチ)を、彼は見た。ピアノは永遠に弾き了(おわ)ることのない旋律を湛えて、開かれていた。彼女が温室の中で摘んで、サクソニヤの古い花瓶(かへい)の中に凋(しお)れてゆく、インドの花もあった。そして、臥所の足もとには、黒い敷皮の上に、東邦の天鵞絨(びろうど)の小さな上沓(うわぐつ)も置かれ、その上にはヴェラの洒落た文句が、真珠で縫い取られて輝いていた。(ヴェラを見む者はヴェラを愛せむ。)秘愛の女の裸(あらわ)な足は、昨日の朝、一歩(あし)ごとに、白鳥の細羽(さいう)に口づけられて、その沓の中に楽しんでいたのだ!そして彼処、彼処、暗闇の中には、もはや他の時刻を打たぬようにと、彼が発条(ぜんまい)を破棄した振子時計が懸かっていた。


そして最後、伯爵は…という箇所。


ーおお!(彼は呟いた。)これでお終いだ!ー消え去ったのだ!…彼女ひとりで!ー今、お前のところまで行くには、どの道を辿ればよいのか?お前の方へ行ける道を教えてくれ。

忽ち、その客のように、光った物が、婚礼の臥所から、黒い敷皮の上に、蕭然と鳴って落ちた。地上の醜悪な日の光がそれを照らした!…棄てられし者は、身を屈して、それを掴んだ。そして、それが何であるかを認めたとき、崇高な微笑がその顔を輝かした。それは墓場の鍵であった。


ここで墓場の鍵と訳してよいものやら?墓場と霊廟は違うような気がしなくもない。ヴェラをもとめて墓場をさすらうのと、霊廟をさすらうのとではイメージがだいぶ違うような…。どちらにしても伯爵は死の世界へと踏み出すことで幸せになるのだからいいのだろうか?


典雅な斉藤訳でリラダンの世界を楽しんだ。なかでも、次の訳語が気に入った…いつか使ってみたい。

「魂衣」(たまぎぬ)


2018年7月21日読了

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