丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より八月十五日「私は焦熱地獄だ」を読む
帰還兵なのだろう、まほろ町に居着いた物乞いが蝋燭の炎の向こうに見る焦熱地獄。
戦争が終わっても、日常の景色が些細なことをきっかけに戦争中の酷い景色に変わってしまう。そんな帰還兵の意識がひしひしと伝わってくる。
かつての穏やかな心には戻ることの出来ない帰還兵の、戦争の悲惨を思う。
昼下がりの炎暑が
いつしか降り注ぐ焼夷弾の高熱に取って代わられ、
すると途端に
夏は夏以上の季節に変わり、
いかなる罪より重そうな銀色の機影の通過直後に
そこかしこからいっせいに火の手が上がり、
その寸前まで芬々と薫っていた草花までが
家屋や電柱と一緒に燃え出し、
池や川の水が煮え立ち
もうもうたる煙によって
碧空がみるみる占領されてゆく。
そして私は
生々しい記憶の底から
実体験以上の苦しみや悲しみを引き出して
物乞いを責め苛み、
ついさっきまで空元気を出して生き抜こうとしていた
健気な人々の体からどっと肉汁があふれ出し
(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』335ページ)