2018.07 隙間読書 ビアス「アウル・クリーク橋の一事件」中村能三訳
「幻想小説神髄」収録(ちくま文庫)
南北戦争のころのアラバマ州が舞台の短編。どんな理由からだろうか、頸にロープをかえられ、これから川にわたされた橋から突き落とされて絞首刑にされようとする農園主の胸に往来する一瞬の思いを切りとった短編である。
橋の上の緊張感、銃をむけられたときの感覚、川や森を逃げる幻想。とにかく視覚にうったえてくる。
なかでも最後の段落で、死を前にした農園主が妻の幻想にひたる場面は、英文は平易な、訳に迷うような単語が並んでいるけれど、中村能三はやわらかな、ひらがなの多い訳文を構成することで、妻の平和なイメージを読む者の心に印象づける。
最後、銃撃をうける文では、漢字をつかうことで残酷さが際立つ。
時制も原文どおりにほぼ現在形でとおしながら、原文にはないひらがなと漢字のめりはりで、原文の雰囲気を日本語に伝えている…すごい訳だなあと思う。
これだけの苦しみに悩んでいるにもかかわらず、疑いもなく、歩きながら眠っているのであった。というのは、いまはほかの景色を見ているからだーたぶん、単に昏睡状態から意識をとりもどしただけなのだろう。彼はわが家の門口に立っているのだ。すべては、出かけたときのままで、すべては朝の陽光をうけて、明るく美しい。きっと一晩じゅう歩いてきたにちがいない。門を押しひらき、広く白い小径を歩いて行くと、女の服のひるがえるのが見える。みずみずしく、すずしげで、やさしいようすの妻が、彼を迎えるために降りてくる。段々のいちばん下で、言葉につくせぬ喜びの微笑をたたえ、ほかに比べるものもない優雅さと気品のある物腰で、彼を待っている。ああ、なんという美しい女だろう! 彼は両手をのばして前へ飛びだす。妻を抱こうとしたとたん、彼は気も遠くなるような一撃を、頸のうしろに感じた。目もくらむ白光が、大砲の衝撃に似た轟音とともに、彼のまわり一面にきらめくーそして、すべては暗黒と静寂につつまれる。
Doubtless, despite his suffering, he had fallen asleep while walking, for now he sees another scene—perhaps he has merely recovered from a delirium. He stands at the gate of his own home. All is as he left it, and all bright and beautiful in the morning sunshine. He must have traveled the entire night. As he pushes open the gate and passes up the wide white walk, he sees a flutter of female garments; his wife, looking fresh and cool and sweet, steps down from the veranda to meet him. At the bottom of the steps she stands waiting, with a smile of ineffable joy, an attitude of matchless grace and dignity. Ah, how beautiful she is! He springs forwards with extended arms. As he is about to clasp her he feels a stunning blow upon the back of the neck; a blinding white light blazes all about him with a sound like the shock of a cannon—then all is darkness and silence!
2018年7月22日読了
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