凡庸な私の心にもざわざわ風をおこすように、倉阪氏のうたは響きわたる。
「ここは人外の地。ただ風だけが残って吹く岬の突端から、今夜もひそやかに亡霊たちの船が出る」
倉阪鬼一郎氏の言葉「いかなる希望でもなく、世界は夜明けを迎える。鳥の舞わない空と、魚の跳ねない海のあいだに、一本の白杖のような線が浮かぶ」に、氏の、他の幻想文学の作家たちが追い求めるものを見るように思う。
この白杖をもとめて、昼と夜の漠とした境目のような白杖をもとめて、海と空の境目にあるような白杖をもとめて倉阪氏は書き続けてきたのではないだろうか?
「いかなる希望でもなく、世界は夜明けを迎える。鳥の舞わない空と、魚の跳ねない海のあいだに、一本の白杖のような線が浮かぶ。」
この断片は、白杖をたずさえた老人からはじまって、その老人の姿は移り変わっていく。
「老人が木箱に座って回想した過去の自分、おれでありわたしでありあたしであり私でありその他もろもろであるものは、過去のある時点においてたしかに存在していたのかもしれない。
ただし、それを保証するものは何もない。老人の影もない」
一瞬で消え去る白杖をもとめて、刻々と移ろいゆく自分をみつめて倉阪氏は言葉と生きてきたのだ…と思いつつ頁をとじる。
2018.09.01読