2018.10 隙間読書 夢野久作「あやかしの鼓」

初出:「新青年」博文館1926年(大正15年10月)

青空文庫


能ミステリを読んでみたい…とツィッターで呟いていたら、親切なシンポ教授が「勿論チェック済みですよね」と教えてくださった夢野久作の短編である。勿論、チェック済みではなかったので早速読んでみる。

手にとる者すべてに災いがふりかかる怪しい鼓をめぐる因縁話がまず面白い。

それから鞭を愛する美女の登場も面白い…サドも訳されていない大正15年当時、こんな怪しい美女を創るとは。


まず最初の頁から鼓をめぐる因縁が描かれ。この頁だけで最後まで読んでみたいと思ってしまう。夢野久作がこんなに読者に読ませようと思わせるサービス精神旺盛な作家だったとは意外。

同時にこの名称は能楽でいう「妖怪(あやかし)」という意味にも通っている。

この鼓はまったく鼓の中の妖怪である。皮も胴もかなり新しいもののように見えて実は百年ばかり前に出来たものらしいが、これをしかけて打ってみると、ほかの鼓の、あのポンポンという明るい音とはまるで違った、陰気な、余韻の無い…ポ…ポ…ポ…という音をたてる。

この音は今日迄の間に私が知っているだけで六、七人の生命を呪った。しかもその中の四人は大正の時代にいた人間であった。皆この鼓の音を聞いたために死を早めたのである。

最初のこの数行を読んだだけで、鼓のあやしさにひきこまれ、最後まで読みたくなるではないか。


夢野久作は、この怪しい美女の姿をどこから連想したのだろうか?

「よござんすか。それとも嫌だと云いますか。この鞭で私の力を…その運命の罰を思い知りたいですか」

私の呼吸は次第に荒くなった。正しく綾姫の霊に乗り移られた鵜原未亡人の姿を仰いでひたすらに喘ぎに喘いだ。百年前の先祖の作った罪の報いの恐ろしさをヒシヒシと感じながら…。

「サ……しょうちしますか……しませんか」

と云い切って未亡人は切れるように唇を噛んだ。燐火のような青白さがその顔に颯と閃くと、しなやかな手に持たれたしなやかな黒い鞭がわなわなと波打った。

これが大正15年の小説だとは思えない、現代小説としても通用しそうな気がする。大正時代とは自由な時代だったのだと思う。


それにしても最初から面白かったなあ。ただ後半、なぜ鼓の呪いがとけたのかが曖昧で、終わり方がすっきりしない気もするが、最初がとにかく面白い。

シンポ教授から教えていただいた他の能ミステリ、斉藤栄「鎌倉薪能殺人事件」、「天河伝説殺人事件」、鳴神響一の時代ミステリ「能舞台の赤光 多田文治郎推理帖」、皆川博子「世阿弥殺人事件」、紀和鏡「薪能殺人舞台」も読まなくてはとここにメモ。

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