ジョージ・エリオット「ミドルマーチ」第一巻第一章(No.8)

まだ一年もたたないことながら、彼女たちはここティプトン・グレンジで叔父と暮らしていた。叔父はまもなく六十という歳になろうとするのに、自分の意見というものを持つことはなく、様々な意見を寄せ集めたような人物で、投票にしても考えが定まっていなかった。若い頃旅をしていたのに、こんな田舎にとらわれたものだから、彼の心は漫然としたものになってしまった。ブルック氏の心がどう動いていくのか推量するのは、天気を言い当てるのと同じくらいに難しかった。確実に言えることは、彼は慈悲深い気持ちから行動するのだが、そうした行動をおこすときに出来るだけお金はつかわないようにするということだった。曖昧模糊とした心にも、習慣という堅い粒が幾粒かふくまれるものである。そういうわけで趣味には手ぬるいと思われていたが、かぎ煙草いれを所有することになると話は別で、彼は用心しいしい、ためすがめつしながら、貪欲にそれをつかむのであった。

It was hardly a year since they had come to live at Tipton Grange with their uncle, a man nearly sixty, of acquiescent temper, miscellaneous opinions, and uncertain vote. He had travelled in his younger years, and was held in this part of the county to have contracted a too rambling habit of mind. Mr Brooke’s conclusions were as difficult to predict as the weather: it was only safe to say that he would act with benevolent intentions, and that he would spend as little money as possible in carrying them out. For the most glutinously indefinite minds enclose some hard grains of habit; and a man has been seen lax about all his own interests except the retention of his snuff-box, concerning which he was watchful, suspicious, and greedy of clutch.

メモ


◇『かぎ煙草入れには様々なものがあったらしい。美しいものが多いようだが、ジョージ・エリオットとしては、叔父さんのことを些細なことに強欲になる人物として描いているのではないだろうか?

◇イギリスの選挙

イギリスにおける選挙は、第一回選挙法改正(1832年)で10ポンド以上の年収や財産があることなど制限がもうけられ、有権者は総人口の4.5%にすぎなかった。

第二回選挙法改正(1867年)では、都市労働者に選挙権がひろがった。

第三回選挙法改正(1884年)では、農村労働者に選挙権がひろがった。

第四回選挙法改正(1918年)で、男子普通選挙となった。このとき女性にも参政権が認められたが、男性は21歳以上、女性は30歳以上で戸主または戸主の妻であることが条件だった。

第五回選挙法改正(1928年)で、21歳以上の男女に平等な選挙権が認められた。

ミドルマーチが書かれたのは1871年から1872年、ちょうど都市労働者の選挙権が認められた頃だから、選挙は人々の関心を集めていたのだろう。ジョージ・エリオットは、この叔父について選挙には考えが定まらず、かぎ煙草入れに執着する人物として描いているのである。

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