柏艪舎 2019年4月15日発売予定
食道がん診断を専門としてきた筆者が73歳になって引退を考えようとした矢先に食道がんを宣告されてしまう。
随所に感じられる作者の優しい人柄、その人柄にもとづいた医療への取り組みに心うたれる。がんと診断されてからの治療も、専門家ならではの正確でいながら分かりやすく記述されている。目まぐるしく進歩・細分化していく癌診断の歴史とそこで生じる価値観の相違など、読みどころがたっぷりの一冊である。
心に残るのは、研究熱心な医者である筆者の謙虚な姿勢である。画像診断の読影経験の大切さについて、データをあげて発表したため、教授の不興をかって破門されるほど読影を大切にしながらも、みずからをこう振り返る真摯な言葉が心に残る。
長く画像診断の世界にいて、自分が見逃したために死期を早めてしまった患者さんの数は一人二人ではありません。医者という職業はそれだけ罪深いともいえるでしょう。医者と自責の念とは切っても切り離せないものだと思っています。そしてそのことを意識しているかどうかで、おそらく、まともな医者であるかどうかが決まってくるのです。(「食道がん診断専門の医者が食道がんになった。」53頁)
開業医としてはかなり遅いと筆者自らが語る47歳のときに、逗子で開業。病院の中にある画像診断センターを街の中につくりたいと、MR検査機器やCT検査機器もそなえ、さらに遠隔画像医療診断支援システム利用の第一号となる。資金面ではほとんどの銀行から融資を断られるなど苦労しながら、逗子という地域のために役立つ医療施設をつくりたいという一途な思いに心をうたれる。
がんの手術後、これまでのように診療はできないとしながら、自分を慕う患者の声に、筆者は次のかたちの医療を考える。画像診断の研究をかさね、最新の設備をそなえた病院をつくりながらも、顔がみえる医療を最終目的に考える姿勢を尊敬する。
元院長の医療相談コーナーなどと名付けた時間を設けて、週一回の午後にでも三時間ぐらいの時間枠を取って、お一人十五~二十分の予約で話を聞くというのはどうかなどと考えています。もちろん診療ではありませんからお金を取ることはしません。長年の付き合いのある患者さんとの、雑談コーナーのようなものにするのもいいし、またコーヒーやジュースのサービス付きでもいいかもしれません。 (「食道がん診断専門の医者が食道がんになった」162頁)
筆者の山本勇氏は、札幌の出版社・柏艪舎代表の山本光伸氏の弟である。筆者は兄・山本光伸氏についてこう語る。
卒業して逗子の自宅に戻ってきたときの次兄の荷物を見て仰天したものです。部屋の壁すべてに本棚を作り、そこに収まり切れないほどの本を持ち帰ったのですから。(途中略)しかし兄のしていることには私利私欲がなく、おおむね正しいことを言い、していることもぶれないため、今にもつぶれそうな出版社の柏艪舎も、今まで存続できているのだと思います。 (「食道がん診断専門の医者が食道がんになった」142頁)
兄弟それぞれが自分の仕事に真摯に、誠実に、チャレンジ精神でのぞまれている姿に感動して頁をとじる。
(2019.03.30読了)