丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」下巻を読むー屋形船おはぐろとんぼが徒然川の流れをたとえればー
「おはぐろとんぼ夜話」下巻の冒頭は結構手強かった。
屋形船おはぐろとんぼが徒然川の流れを見ながら、あれこれ思索に耽る場面。
「おはぐろとんぼ」は丸山先生自身でもあると思う。
つまり川の流れが丸山先生の心に喚起する概念が、どっと私の心に流れ込んでくるようなものだ。
その思念の深さに、気がつけば置いてけぼりをくらっている。でも落ちこぼれているのに日本語が心地よく苦にならない……それではいけないと二度繰り返して読む。
以下の引用箇所は、屋形船おはぐろとんぼが徒然川の流れをあれこれと色んなものにたとえている……のだと思う。
擬人法でずっと語られてゆく徒然川……その例えがとても面白く、今までとは違う世界が見えてくる。
とくに最後の「十字形花冠が似合う節足動物」という漢字が喚起するイメージに惹かれてしまった。
十字形花冠とは「4枚の同形同大の花弁が十字の形に並んでいる花冠で、アブラナ科の花がこれに属する」(旺文社 生物事典」)らしい。
節足動物はエビ、カニとかクモやダニらしい。
「十字形花冠が似合う節足動物」という言い方は思いもよらなかったけれど、ぴったり。
そしてカタカナで「ナノハナ」「クモ」と表現されるものとは、まったく別の生き物になるようなパワーがある。
言葉とは不思議なもの……言葉の力を感じた次第。
植物のあいだで交わされる言語を解すること
それ自体が無理だというのに
波音の波長をさかんに切り替えながら
執拗に迫り、
街角の小暗い場所に設置されている
青春の放胆さがいっぱいに書き殴られた
ぼろぼろの伝言板を
いかにも唐突に想起させるのだ。
もしくは
漢方薬のようにじわりと効いてくる
もってのほかの苛立ち……
端午の節句の由来をたどるくらい
どうでもいいこと……
悪評を買うばかりの
お上への泣訴……
恒常的に不快に思ってしまう
アルファにしてオメガなるもの……
それらを
なぜか十字形花冠が似合う節足動物といっしょに
みごとに連想させ、
(丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」下巻10ページ)