さりはま書房徒然日誌2023年8月6日(日)旧暦6月20日

移りゆく日本語の風景—鈴虫—

先日、江戸時代はほとんど無視されていたのに、近年になって取り上げられるようになった花、ヒマワリについて書いた。

ヒマワリとは逆に昔は文学作品によく取り上げられながら、近年あまり見かけないなあと思う存在がある。鈴虫である。

鈴虫は、源氏物語の第三八帖(源氏五十歳の夏から秋八月までを描いた)の巻名にもなるくらい、平安時代から親しまれてきた。

ジャパンナレッジで「鈴虫」を調べて見ると、「鈴虫の宴」とか「鈴虫の鉄棒」という言葉があって、人々の生活に鈴虫が親しまれていた様子が伝わってくる。

*源氏物語〔1001~14頃〕鈴虫「こよひは、すずむしのえんにてあかしてんとおぼしの給ふ」

「鈴虫の鉄棒」という言葉は初めて知った。「突きながら歩くと、鈴虫の鳴き声のように鳴りひびく鉄棒」だそうで、こんな例文がある。何やら涼しげである。

*随筆・守貞漫稿〔1837~53〕一六「鈴虫の鉄棒 ちりんちりんちりんと鳴る鉄棒也

鈴虫の例文はとても多く、折に触れて日本人の心を動かす存在だったのだなあと思う。

*枕草子〔10C終〕四三・虫は「虫は すずむし。ひぐらし。てふ。松虫

*藤六集〔11C初〕「おほしまにこころにもあらずすすむしはふるさとこふるねをやなくらん」

*源氏物語〔1001~14頃〕鈴虫「げに、こゑこゑ聞えたる中に、鈴虫のふり出でたるほど、はなやかにをかし」

*桂宮丙本忠岑集〔10C前〕「山のはに月まつむしうかがひては、きんのこゑにあやまたせ、あるときには、野辺のすずむしを聞ては、滝の水の音にあらかはれ」

*日葡辞書〔1603~04〕「Suzumuxi (スズムシ)」

*俳諧・鶉衣〔1727~79〕前・下・四八・百虫譜「促織(はたおり)鈴虫くつわむしは、その音の似たるを以て名によべる、松むしのその木にもよらで、いかでかく名を付たるならん」

*幼学読本〔1887〕〈鈴虫権左衛門鈴虫権左衛門西邨貞〉四「松虫と鈴虫とを父にもらひたり、いづれも小さなる虫籠の中に入れおけり」

その他、鈴虫勘兵衛とか鈴虫権左衛門という江戸時代の歌舞伎の唄い方もいるようで、美声だったのだろうなあと想像する。

鈴虫には、その他の意味として「主君の側近くにはべり仕える人。侍従。おもとびと」とか「(鈴口から殿様を迎えるところから)正妻のこと。妾を轡虫(くつわむし)というのに対していう」という意味もあるようである。

なお鈴虫と松虫の違いについて、ジャパンナレッジの日本国語大辞典によれば以下のように記されている。

「鈴虫」と「松虫」の名は、いずれも中古の作品から現われるが、現在のように「リーン、リーン」と鳴くのを「鈴虫」、「チンチロリン」と鳴くのを「松虫」というように、鳴き声によって区別することができる文献は近世に入るまで見当たらない。そのうえ、近世の文献においても両者は混同されており、一概にどちらとも決め難い。初期俳諧でも、現在の鈴虫と解せる例と松虫と解せる例と両様である。しかし現在では、中古の作品に現われるものについては、「鈴虫」を「松虫」と、「松虫」を「鈴虫」と解するようになっている。

かつては文学作品に、日常生活にあふれていた鈴虫だが、近代小説ではあまり見かけない気がする。

私自身も今年になってから、鈴虫の声を一度も聞いていない。

今回鈴虫の写真を探そうとして、フリーの写真サイトを探しても殆どなかった。

いまや鈴虫は遠い存在になってしまったのではないだろうか。寂しいことである。

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