丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」下巻を読むー屋形船が語る都会のわびしさー
屋形船おはぐろとんぼは徒然川を旅して、露草村からうつせみ町へやってくる。
丸山文学は、地名や固有名詞の名前のつけ方にも特徴がある。
現実には多分あり得ないけれど抒情があふれる名前の数々……それは見慣れた風景をどこか不思議なものに変える魔力がある。
さて屋形船おはぐろとんぼが感じる「うつせみ町」の都会の寂しさも、「そうだなあ」と心に残る。
魂の舟が難破した件について
事の経過を思い返しながら雑感を述べる
いまだ自分が何者であるかを知らぬ人間の数が増え、
はるか沖合にまたたく魚燈をぼうっと眺める
家庭の事情で進学を思い切った少年のため息がかすかに届き、
(丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」下巻292頁)
日本舞踏の会について、屋形船おはぐろとんぼが向ける非難の眼差しもパンチがある。
ただ、こうした骨太な問題意識と幻想性が両立するユニークさが、幻想文学読みからスルーされてしまう要因なのかもしれない……。
幻想文学読みから、丸山文学があまり読まれていない現状をひたすら残念に思う。
何よりも格式を重んじるはずなのに
それでいて
裏では冷たい感触の高額紙幣が飛び交う
日本舞踏の納会が終えたあとに漂う残り香にそっくりな
いかにも退廃的な甘酸っぱい匂いが感じられ
(丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」下巻299頁)