丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」下巻を読む
ー冷静に選んだ言葉による表現の面白さ!ー
屋形船おはぐろとんぼを降りて、かつて自分を捨てた女の家に向かう船頭の大男。
その心を後押しする声が、16人ものまったく異なる人間のものとして描かれている(たぶん)。
中でも嫌で頭にくる歴史上のあの人間をズバズバ、でも冷静に語る言葉が心に残る。以下引用。
平気で人を踏みつけにするろくでもない性格をむき出しにして
戦犯の前歴をひけらかすことにより
却って巨利と名声を博すようになった
番外の成功者……
(丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」下巻460頁)
ほんとうにその通りだ。よくもピッタリ表現されたもの……。
大男と女が寄りを戻す場面。
二人の愚かさを描きながら、やはり視点は冷静で言葉は美しく……。
でも、この書き方を実践するのは難しいと思う。
頑なにだんまりを決めこんだまま
不吉な感じの雲が垂れ下がった雨催いの空を横切る弓張り月の真下
多少のばらつきはあるものの
夕方にはつぼむ白い花の真上で
首鼠両端を持しながらも
着々と情痴に狂ってゆく男と女が、
日々の暮らしに屈託したことから
飲酒に依存するようにして
肝胆相照らす仲という仮面で装う必要もないほどの
一方ではどこまでも性愛的な
他方ではどこまでも打算的な
らせん状の親密さを増してゆき、
(丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」下巻487頁)
二人を厳しい目で見ながら、同時に美しくポエティックに語る……のは難しい。
たぶん私なら「許せないこいつ」という思いが強くなって、冷静さが崩れて罵倒してしまう……。たぶん