丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」下巻を読む
ー惨劇の前の美しさー
屋形船おはぐろとんぼが語る徒然川の美しさ……。
こんな風に意外な言葉を組み合わせて、川の美しさを語ることができるのか……。
散文の可能性を教えてもらった気がする。
この直後に惨劇が待ち構えているとは……まったく予想させないし、惨劇の前だから美しさが心に沁みてくる。
深い意味に染まった
死に制服されざるものに対して
素知らぬ風を装いながら
滔々と流れる徒然川は、
水面のあちこちに
もしかすると滅度を得られるかもしれない儚いひらめきを
月影の反射光のようにふんだんにちりばめ
ささやかで劇的な形態をまとう
地名にちなんだ伝説に生気を与えつづけ
春夏秋冬を愛でながら
幾つもの夜明けを重ねて
そろばん高い猜忌のあれこれを
きれいさっぱり帳消しにし、
(丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」下巻494頁)
この章の最後、惨劇の後の大男の声の不気味さが荒れ寺の鐘に喩えられている。
美と隣り合わせの惨たらしさ……が生きていることなのだろうか?
惨たらしくても思わず読んでしまう表現だなあと思う。
いずれそのうち
維持する檀家もいなくなると
そう取り沙汰されている
荒れ寺の割れ鐘のような調子で
不安一辺倒に響き渡った。
(丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」下巻523頁)