さりはま書房徒然日誌2023年10月5日(木)

丸山健二「我ら亡きあとに津波よ来たれ」下巻を少し読む
ー主人公が義母殺害の決心をする箇所は、表現が知らずぐんぐん迫ってくる!ー

ツィッターが不安定だから、こちらのブログを再開。ブログに移行してよかった……と思うのは、ツィッターだと字数の関係で「いいな」と思った箇所も、文の中のごく一部しか紹介できなかったが、ブログだと字数も写真も無制限だということ。丸山先生の文は、長い文の中にも、緻密に計算された構成がある……ことに入力していて初めて気がつくこともしょっちゅう。やはりワンセンテンスはそのままの形で、途中や前後を省略することなく引用したい気がする。

さて、これまでの筋は……。
津波を生きのびた青年……
自分のドッペルゲンガーの死体と遭遇した青年……
自死したことを思い出した青年……
彼の心に義母を介護する辛い記憶がよみがえったようだ。


この箇所を引用しようと思ったのは、途中に心ときめく表現が集中している箇所があるから。

文のなかば、「ひっきょう」から「認められたのかもしれず」の箇所だ。


まず私の好きな「百家争鳴」と言う言葉が、小説で使われているのを初めて見た。

「百家争鳴」とは、デジタル大辞泉によれば「多くの知識人・文化人がその思想・学術上の意見を自由に発表し論争すること。中国共産党の文化政策スローガンのひとつ」だそうだ。

この言葉を知ったのは割と最近で、文楽関係のとても博識なフォロワーさんが、自己紹介のところに「百家争鳴する、自由闊達な世界が理想」と書かれていたので、初めてこの言葉を知った。

滅多に使われない「百家争鳴」が使われている!

しかも「百家争鳴といった観がある 実存主義の鉛直的な広がりも嘲笑する」とはっきり分からないながら魅力的な配置で!
「実存主義」と「鉛直」を並べた形の不思議さ!
こう眺めてみると「実存主義」は水平じゃなく、「鉛直的な広がり」の方が相応しいのかも……。
はっきり分からないながら心に残る。

さらに次の箇所「全宇宙の真空に君臨するという 欺瞞の上に成り立っている非人格的な誰かの配慮」も、人地の及ばない、どうしようもない運命の力感がある!

罪の宮殿」という言葉も、これからの展開を何とも魅力的に象徴している!

長い文の最後にくれば、おそらく、この青年は要介護の義母を殺害するのでは……という今後が「そっちの方向へ」と示唆される。


そして、私が比喩やら表現にときめいた箇所は、青年が殺人を決意する箇所。

きっと読み手の心に青年の決意が響くように、丸山先生が精魂込めて書かれたのではないだろうか?

かくしておれは、

生き恥をさらさぬための奥義のなかの奥義などとはいっさい無縁な、

ただひとつの癒しの道である絶対の孤独から逃れられない、

自身と世界の関係を変える毒素が混入してしまっている、

ために
常に心して生の本題に立ち返ることができる者ではなくなり、


その代わりと言ってはなんだが、

他人の気を悪くさせるような側面をあれこれ具えたうえに
のべつろくでもない画策を包み隠し、

憮然とした面持ちで
外からの助けなしでは自分自身を支配できない
などと
臆面もなく
しゃあしゃあと嘘をつくたびに、
殊のほか凶暴な怒りがよく似合う
ある種の階級の人々に属したような心地になり、


ひっきょう、

天上のどこかに住まい
危険な生業からいつまでも足を洗えぬ件の者をもろに愚弄して楽しみつつ
百家争鳴といった観がある
実存主義の鉛直的な広がりも嘲笑する、

全宇宙の真空に君臨するという
欺瞞の上に成り立っている非人格的な誰かの配慮によって、

何をしたところでけっして厳しい裁きが下されることのない
罪の宮殿に立ち入ることが認められたのかもしれず、

だからといって、
悪それ自体を求める熱情が結局何になるかということについては
まったくもって知るところではないと自分に言い聞かせながら、

どの命も日限が定められているのだという真実に目をつぶり
不合理さが付きまとう微妙な局面を無視して、

いちじるしく緊張感に欠ける分だけ不愉快な体験を断ち切るための
それ相応のちゃんとした理由がある殺害行為を
この荒天が成功に導いてくれるものと確信して
稲妻と烈風に背中を押されながら
ぎしぎしと軋みつづけるぼろ家に引き返し、

今にも吹き飛ばれそうな玄関の戸を押し開け
横殴りの雨といっしょに素早く入りこみ、


それでもなお、

良心とやらに最後の忠告を与えられて
正気の自分自身に引き戻されることなどいっさいなく、

つんと鼻を突く汚物の激臭をものともせずに
敢えてそっちの方向へ
土足のままぐんぐん迫っていった。

(丸山健二「我ら亡きあとに津波よ来たれ」下巻215頁)

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