ロマンチック過失漫画
山﨑まどか「山﨑ノ箱」(けいこう舎)を読む
ー極限状況にある人たちが教えてくれるメッセージー
山﨑まどかさんは、けいこう舎が刊行されている短編を楽しむ文芸誌「吟醸掌篇」の表紙の装丁を1号から手がけているイラストレーターさんである。同時に福祉施設の支援業務に携わり、そこでチラシ制作や山谷の冊子「あじいる」掲載の作品も描いているいる方だ。
そんな山﨑さんがご自身の結婚や出産、仕事を見つめ語る言葉が詩のように鋭く、そして優しく、生きづらい世を語る。
そして冷たい世にそれでいいのかと問いかける。
そのメッセージをどこか童歌の世界を思い出させる優しさにあふれた漫画が包み込み、そっと心の奥まで届けてくれる。
どんなに早く走ろうと焦っても
スローモーションのように
地団駄踏むばかり
(山﨑まどか「山﨑の箱」 第一話 赤縄より)
押し寄せる突起物のうねり
眠ることを拒む道の果てに
人はどんな夢を見るというのか。
(山﨑まどか「山﨑の箱」 第五話 眠れぬ森の美女より)
児童養護施設で育ち、路上生活をしているところを「ほしの家」シスターに救われた木村史代さんの作品も、心象風景が切々と伝わってくるようで心に残る。
病で48歳で亡くなるまでの間に「ほとばしるように生み出された切り絵や詩、短編作品は膨大な量にのぼります」「作品は今も『ほしの家』で大切に保管されています」とあった。
極限状況で表現を続けた木村さんの生に、表現することの意味を思う。
「禅略 三太様。」で始まる「あんぽんたん三太」は山谷の雑誌「あじいる」に掲載された作品とのこと。
その中に出てくる三太さんの話も、刑務所で俳句に出会った三太さんの世界が変わっていく様子に、やはり表現することとはと思い、また過去のせいで犯罪を犯した人への社会のあり方も考えさせられた。
生まれて初めてのことだった。
何者にも
何事にも
邪魔されず
かき乱されず
目の前の文字を追い
言葉だけに
向き合い、
吸収していく。
この時
肉体は閉じられた空間に在りながらも
三太の意識は
どこまでも自在に
広がっていった。
考えもつかなかった
他者の生き方や思想
哲学、宗教。
三太は
辞書を引き、
猛烈に本を読み
そして俳句に出会う。
秋時雨 小鳥は寝屋に急ぐなり
三太の句は刑務所の中で開かれた
全国大会で二席に選ばれ
表彰された。
自らが感じた世界を
言葉によって表現し、
他者に響いて
認められる体験となった。
水を得た魚のように
自分の中に
感じた世界を
句にしていく。
(山﨑まどか「山﨑の箱」 『あんぽんたん三太』より)
山﨑さんたちは「ホームレス」とは言わずに、「野宿経験のある仲間」と言う。
そしてその仲間から、色々辛い時の過ごし方を学ばれて本書で伝えてくださっている。
私も山﨑さんから、そして仲間の方々から教えて頂いたように思う。
たとえば以下引用のこんな心も……。
だから多くの道の上に
繰り返し
「どうぞ」と椅子を
置きつづける
(山﨑まどか「山﨑の箱」 第五話 眠れぬ森の美女より)
カバーをはがすと、カバーとは少しだけ違う絵があらわれます。
現在、山﨑まどか「山﨑ノ箱」は神保町PASSAGEさりはま書房の棚にもあります。よければご覧ください。