丸山健二「トリカブトの花が咲く頃」下巻を少し読む
ー醜い人の世と自然の美しさのコントラストが鮮やか!ー
社会のあり方、人間のあり方について、丸山文学は手厳しいことを遠慮なく語る。
だが、そうしたものとは対極に位置する自然界を詩情豊かに、言葉を凝らして書く。
だから、いくら非難しても、決してスローガンにはならず、儚いものを言葉に刻む芸術としての美しさがある……以下、ラストに近い引用文にもそんなことを思う。
「巡りが原」の面……という引用部分に、先日の丸山塾での一コマを思い出す。私が無神経に「アブラナの上」と書いた箇所を、丸山先生は「菜花の面」と直された。「上」と「面」では、どうして喚起されるイメージがかくも違うのやら……ただただ不思議である。
月白は皓として輝き
宵の明星が放つ金色はどこまでも清らかで
ほどなく
雲ひとつなく
しっとりとした夜が天空の堂宇をおおいつくす
つれなさをおぼえるほど深閑とした「巡りが原」の面には
月の色をした霊気がゆるゆると立ち昇り
つまり
心次第で在り方が決まってゆく生者の気配などはどこにもなく
多様多彩な有機体がひしめくあたり一帯には
すり切れてゆくばかりの時間の断片や
存在のちぐはぐな在り方や
全能者の歯切れの悪い口調や
幸運にみちた人生の儚さといったものを
如実にあらわす蛍の光だけが
不必要に数多く散見されるばかりだ
(丸山健二「トリカブトの花が咲く頃」453頁454頁)